②-1


「仁科は、義堂のことをどこまで知っていた」

 その日、信藤語(かたる)は同窓生の仁科亜紀子が登校するや否や、彼女の席の前に立ちそう問い掛けた。

 仁科は、当然のことながら不審気な目で信藤を見上げる。

「え? 何?」

 仁科亜紀子は、クラスの学級委員長も務め、真面目でクラスの代表、というのが似合っている女子だった。そして彼女は、信藤の見ていた限り、一番義堂と仲の良かったはずだ。少々融通の効かない仁科を、義堂がとりなしたり、助けたりしていたと記憶している。

「今僕は、彼女の人生を小説にしようと考えている。その、取材だ」

 そこで、「え、何それ」と言わないのが、彼女の真面目なところだ。少々その細い眉をひそめたように見えたが、気持ち悪いというだけで他人の行為を咎めたりはしない。

 一時期は学校でも持て囃された信藤だったが、それ以降特に売れていないこと、信藤自身のつれない態度もあり、一気に熱は冷め、今では小説家である、ということすら忘れ去られている節もあった。だが仁科はその性格から、覚えてはいるのだろう、それで、こう切り返してきた。

「真実のことを、売り物にするの?」

「そんなわけないだろう。仁科は、義堂が葬式で噂されてたのを聞いたか? 僕は、あんな噂を蔓延らせておくのを許しておけない。だから、彼女の真実の姿を世に示して、これ以外は間違いだ、と言ってやりたいんだ」

「そう。でもそんなに、私から信藤君に言えることはないと思うけど。皆も知ってる通りの子だったし」

 予想通り、けんもほろろな返答を得る。しかし、信藤が求めているのは、そんな上辺だけのものではなかった。クラスで親友とも言えるポジションだった者だけが知る、彼女の真実(しんじつ)を、掴みたかった。

「彼女の人となりを端的に伝えるエピソードが欲しいんだ。彼女の一番の親友だった仁科にとって、一番印象的な出来事って、何かあるか」

 義堂の一番の親友、と言われて嬉しくない人間がこのクラスにいるとは思えなかった。仁科も、信藤の熱意にも押された形で、唇に手を当てて中空を眺めている。

「そうね……真実(まみ)と一番話したのは、文化祭の準備の頃だったかしら」

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