006 リアリテス・エンジン
久しぶりに、急性期で搬送されてきた患者さんを診ることになった。高熱でうなされている危険な状態だ。高熱に負けずに目を覚ますと、
「こんなところにいる場合かーっ。」
「こんなところにいる場合かーーっ。」
「こんなところにいる場合かーーーっ。」
「こんなところにいる場合かーーーーっ。」
と叫び続けておられる。結構大柄な患者さんなので、マッチョ看護師君たち2名を付き従えて、私は患者さんと相対した。
統合失調症の急性期症状のひとつに、原因不明の高熱がある。後悔事にせよ色恋沙汰にせよ、フルスピードで何かに一途に思い焦がれると、人間は発熱するようにできているのだ。概ね40度を越えた後に急に意識が混濁してしまった患者さんは、
本日の患者さんは、有名どころの大学の法科大学院の卒業生らしい。彼の「こんなところにいる場合かーっ。」の連呼は、母校の図書館で始まったらしい。確かに、法科大学院を修了したら試験に受かって司法修習に出るのが社会の道なので、彼は本来は卒業後の日々を図書館で過ごすべき存在ではない。しかし、おそらくは法科大学院の在学中から、彼は試験に受かるために必要な、未発症の人にとってはさほど難しくない何かができなくなっているのだ。彼は焦りを募らせ、よりいっそうそのことができなくなっていった、はず。彼の同級生の多くは今頃、検事か弁護士か裁判官になっていることだろう。一方で、彼に残されたのは、大学の図書館へのOB向け入館カードだけ。
かの高名な精神科医の中井久夫先生がおっしゃられているように、精神科医たるもの、患者さんにとっての弁護士としてあるべき、である。彼のように社会的立ち位置を無くしてしまっている人を受け入れ、理解し、彼がこれからも生きていけるように彼の立場をそっと
昭和や平成の世に社会の方々からも非難を受けた、社会から患者さんたちを隔絶するための閉鎖病棟の守り手としての精神科医であってはいけないのだ。
高熱にうなされる患者さんが、
(ぁ、ちなみに、電気けいれん療法は、魔法で電撃くらうよりかはるかに安全だから、急性期発作中の皆さん、安心してね。)と、頭の中では既に白衣を脱いで魔法少女に変身済の私は、両手でハートマークを作って患者さんに送ってあげる。
そうこうするうちに、電気けいれん療法は
(患者さん、やさしいお薬をおねえさんが準備しておいてあげるから、まずはぐっすりとお休みなさい。こんなところだけど、ここは、あなたが年の瀬にいてもいい場所だからね。)
患者さんへの点滴の要否の確認は内科医の専門の先生にお任せすることにして、私は外来の診療室の方に小走りしていく。
☆
予定外の患者さんがいらっしゃったこともあって、既に夜7時になってしまったが、今日中にリアリテス・エンジンの設定確認と第一相治験の申請書類の準備を終えておく必要がある。申請書類にはリアリテスの国際共同治験関係の英文のものも含まれるため、私が頑張って英文で書かねばならない。ああ、ミカちゃん、君の社会人基礎力はもう十分高いから、今後は英語力の修行に専念して、書類作成というものがとにかく苦手なお姉さんを助けておくれよ。
英文と格闘しながらも、昼の診療業務の疲れのためか時として何やらAVじみたえっちぃな妄想が頭に浮かんできたりしてしまうため、私の予感の通り、書類作成は遅々として進まなかった。作成を終えたときには、既に午後9時半。私をストーキングしようと病院の外で待ちかまえている元患者さんがお越しになっているとすれば、外でさぞ寒さにふるえていることだろう。
しかし、残念ながら今日の私にはもう一業務ある。いや、この業務のために今日は朝から頑張ってきたと言ってもよい。リアリテス・エンジンの長時間レーザー照射試験である。年の瀬にお越しになっているストーカーさん、お外にまだいらっしゃいましたら、もうお寒いから私へのストーキングは明日にしてね。
「リアリテス・エンジンは、
高校の時、数学と物理がからきりダメだった私が患者さんに行える
私の下手な説明はおいといて、ゲーム依存症の患者さんたちには、とにかく一度体験してほしいものだ。
リアリテス・エンジンの開発元は、ドイツ南部はバイエルン州の州都ミュンヘンに本社を置くプレジニアス社である。プレジニアス社は、もともとは、医療機器部品メーカーVorgenius社として、2020年代までは医療検査機器である核磁気共鳴装置(MRI)向けの制御用モジュールを主に地元の大手検査機器メーカーに納入していた。いわゆる下請けという意味で、堅実なビジネス展開ができていたのであるが、アジア圏でのMRI特需も一巡した後、制御モジュールの売上は低迷した。そのため、ドイツ国外、EU域外に自力で打って出るべく、MRI向け制御モジュールの長年の開発製造経験を活かして、脳からの血流パルスの変動を機械学習しVR装置への出力にフィードフィワードする
大事なことだから繰り返そう。メイド・イン・シンセンなのだが魂はゲルマン。
リアリテス・エンジンのAIはゲルマン魂の結晶なのだ。
余談だが、私は戦争系のゲームをやるときはゲルマン魂への愛を持って行う。第一次世界対戦の
医療的な話に戻そう。VR装置の
余談だが、近年の日本でフロイト先生の療法がイマイチ人気がないのは、心理学の授業でイドという用語による教育が行われているのも一因と、私は考えている。なんか、井戸っぽいではないか。明治・大正の頃の主婦たちが
諸君、エスに敬礼だっ。
ユダヤ人だったフロイト先生は、ナチスドイツの元だったらナチスの党員に粛清されちゃいそうだけどね。ものづくりだって、下町ロケットのおじさんたちや深センの働き者たちももちろんいいもの作ってるんだけど、ゲルマン製のプロダクトはやっぱなんかそこはかとなく、グッと来る男の色気ってものがあるではないか。男子のお尻のあたりの締りが民族的に違うのだ、たぶん。
ということで、リアリテス・エンジンは、個々人に見せる映像と深層心理のエスに相当する部分の脳内領域の血流変化とを教師入力として機械学習することで、映像に対する個々人なりの
すごいことに、目を瞑ったままでもリアリテスは脳内の
ゲルマン魂に鼻血ブーブー,、ではない。それは医療的介入の対象だ。
ゲルマン魂で脳内麻薬ドバドバ、なのが、リアリテスなのである。
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