005 治療方針カンファ
午前9時半からは、私が招集したサチの治療方針に関するテーマをメインとする
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明け方にコタツで低温やけどしかかったショックから回復した私は、いつものように朝から仕事に全力投入のつもり、である。
だが、どこぞのお嬢様学校のソフトボールチームのピッチャーにように、全力で投げたからといって、相手チームに危害を加えそうなくらいに暴投すればいいというものではない。私のことではないぞ。私は、ソフトボール部は中学時代に早々に退部し、後は腐女子街道に全力投球なのだからな。
さておき、とにかく、サチのカンファをどうリードしたものか、いささか方針に迷うのだった。特にあのイープという、言ってしまえば奇怪な女性メイドのことを、臨床心理士のミカちゃんや看護師たちにどう伝えたものか。考えるうちに、(イープ...ではなく、イーブなら、今は亡き芥川賞作家の名作(迷作?)に出てくる、白豚(♀)も黒豚(♂)も構わずに喰っちまうんだぜぃ的な歌舞伎町のホストなのにな。)、と、私は、業務遂行にはつながりがない妄想を広げてしまっていた。余計な面倒事に巻き込まれないためにも、歌舞伎町は当面は出禁と定めたばかりのはずなのに。
下手な考えやはり休むに似たり。そう思った私は、とりあえず、サチの昨日の面談での涙の一件を受け、『リストカット等の自傷に至る恐れは当面ないと判断。』との1行をレジュメから消しただけで、カンファが行われる会議室に向かった。
カンファでの司会進行役は私が精神科病棟一のやり手と目している遠藤女史に一任している。基本、ウチのチームは女性陣主導である。腐女子医大生の時に、勢いで原著で読んだハリー・スタック・サリヴァン(Harry Stack Sullivan)先生の、"The interpersonal theory of psychiatry(精神医学は対人関係論である)"にメチャクチャ感化されて精神科医となった私は、精神医学的治療は同性愛的機序を必要とするという論を信奉している。
当時、難治不治とされていた精神分裂病(今でいう、統合失調症)患者への治療に、今から100年以上も前にサリヴァン先生のチームは男性精神科医と男性看護師だけで構成したチームで取り組み、成果を上げている。いわゆるヤバいお薬のメジャー・トランキライザー(Major tranquilizers)もなしに、である。
若き日に物理学を学ぶうちに自らが統合失調症を患われた、細身のサリヴァン先生、患者の男性にも看護師の男性にも大変おもてになったそうである。いやはやそう思うと、医学書なのに801な本としても楽しめるという、二度お得なサリヴァン先生の御本なのであった。別の先生による口伝の形ではあるが、サリヴァン先生のおじいさまがアイルランドで飢饉にあい、ジャガイモも十分に食べられない中で、病気の友達(♂)のために肉じゃがっぽいものを作るためにゲヘヘな上官(♂)に手篭めにされたというエピソードの心理分析もなかなかに美味しい801。愛はいつの世も美味しいのよね。若い人向けに教養のひとつとして書いておくと、801というのを普通の言い方に直すとボーイズ・ラブ(BL)のことね。あたしらの腐女子チームの間では、ヤオイ=BLのことを、8+1で、キューッって呼んでたけどね。出典は弓道部で先輩男子と後輩男子がイチャイチャする某名作より。なんと8人の先輩男子から深く愛されるのでしてよ、あなた。
...そうこうするうちに、遠藤女史のリードのもと、カンファの方は着々と進んでいった。昨日入院したばかりのサチの症状説明がメインとはいえ、私が主治医を勤めるAさん、B君、Cさん、そして、私が支援に回る予定のDさん、Eさん、Fさんの病室での様子を歴戦の看護師さんたちが淡々と説明してくれている。今となっては少し珍しい妄想型の統合失調症を発症なさっているFさんは、相変わらず、
ぶっちゃけ医師免許なるものを持っているだけにお給料は私が一番いただかせていただいているのだが、患者さんのご様子に対する気づきは間違いなく、看護師さんたちの方が鋭いしね。後藤君はもっと頑張れ。
臨床心理士のミカちゃんのターンを前に、遠藤女史がテレカンの手配を始めてくれた。そう、今日は先端医療研の坂口先生とのテレカンを入れているのだ。昨日はじめてサチを診たミカちゃんに、サチの印象を簡潔に報告してもらった後に坂口先生に応援をお願いするというのが今朝のカンファの後半部なのだ。
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「どうも、坂口先生、お久しぶりです。はじめに、レジュメ通り、うちのミカ
本日のカンファで私のはじめての発言を受け、ミカ
私立の文学部心理学科を卒業した後、リクルーティングやらマーケティングやらをやる会社で上司やオーナー社長からいろいろと揉まれまくった後に、母校の大学院に戻って臨床心理士を取得しなおしたミカちゃん。私よりたしか3歳年下だが、苦労人らしく社会人基礎力は私の3倍以上はある。
「坂口先生、おおよそは、ミカ
「サイトウ先生、すると、プレジニアスのリアリテス・エンジンの治験に、その子に参加してもらうことを検討している、ということで良いのですかね。」
「はい。ご手配をよろしくお願いいたします。」
若干、社会人基礎力を高めた声色で私は応えた。
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今日の入院患者さんとの面談は、共にゲーム依存症のAさんとB君である。
幼少の頃に岩手県の沿岸地で東日本大震災の被災者となってしまった際に、PTSD(トラウマ症)と共にゲーム依存症を発症してしまった古参の患者さんであるAさん。彼女は
B君は今年高校1年生である。陸上部で新人戦の選手に選ばれなかったことをキッカケに夜な夜なゲームにのめり込み、不登校となる。酔った父親に家庭内暴力を再三振るわれた後、母に付き添われ、入院。精神医学的には、ホントは父親の方を入院させるべきなのは明らかなのだろうが、現時点では入院費を出しているのが父の方なので、代わりにB君が年の瀬を病院で過ごすことになった次第。(あのね、B君。おねえさんは夜になると、酔った勢いでゲームしまくってコタツで
罪悪感に押し潰さそうになると、例えば、B君のように、他のことを全部投げ捨てて禁欲的にゲームにのめり込むようになってしまう。そう、(ほんとにB君。おねえさんが夜は一緒にプレイしてあげるからさ。ゲームが罪だって思うんだったら、おねえさんのオッパイパイの方を左手でさすりながら、あなたについてる方のジョイスティックをさすってもいいんだよ。)とか言って性的な意味で癒やしたいほどに、B君はシューティングゲームに一途すぎるのである。プロゲーマーの道はまだまだ先らしいけれど。
ちなみに、私だが、長年そこそこなお値段のブラジャーさんを身に着けていることもあって、ハッキリ言ってスタイルが良い。ボン・キュッ・ボン、である。白衣を脱いだら、まぁまぁ、すごいのだ。夜に飲酒する時におつまみは少々だけなのが糖質制限的な意味で功を奏しているのであろう。内科医の先生からは、肝臓の数値が悪化してるよ、と言われることはあるけれども。
そんなこんなで、今日の入院患者さんとの面談も、外来患者さんとの面談も、私はいつもの如く愛をもって臨むのだ。
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そして、夕方からは、新世代のイメージング治療を可能とする、リアリテス・エンジンのお試しとセッティングである。
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