005 ゼータスペック小森社長

 数分後、着信の合図があり、画面に小柄な女性が映し出された。


「どうも、はじめまして、小森です。去年からゼータスペックの社長をやらせてもらってます。

 リトルの使い方全般に興味があるため、今回の打ち合わせに参加させてもらいます。」

「はじめまして。臨床心理士の前山ミカと申します。お話しましたように、リアリテスをゲーム依存症治療に用いるための治験に取り組む予定の大学病院に勤務している関係で葵さんに少しご縁があります。」

「はじめまして。ライターの存在Qです。長いこと脚本一筋だったのですが、近年はプロモーションに関わることをしています。5年ほど前に、鴨志田サチちゃんという、不思議な出生を抱えているらしい子の話すことの手記を取るお仕事をいただいたことがご縁で、リトルを介したヒアリングなるものに携わらせてもらうことになりました。」


「はじめに、ミカさんからのアジェンダに従って、私の方から、リトルについてのゼータスペック社の立ち位置について話しますね。」

 そう話し出した小森の姿を、ミカは少し不思議な気分で見ていた。ゼータスペックのホームページによると小森社長は、エンジニアとして入社してから25年、ゲーム開発に携わってきたという。随分と年上なはずである。けれども画面に映る姿は随分と若々しい。もしかすると、ゲームキャラクターのスキンでも使っているのだろうか?


「ゲームには、他のコンテンツと同じく入力インターフェイスがあります。私とか、ええと存在Qさんが若い頃はゲーセン、ゲーム機全盛だったので、ゲームのキャラクターを動かすのはジョイスティックかジョイパッドでしたね。それがスマフォが普及してからはタッチパネルに変わって。他にも太鼓の達人みたいなのとか、いろいろ体感型のものもありますが、ゲームのシェアという観点からするとやっぱり圧倒的にタッチパネルですねぇ。」


 小森社長を移していた画面が、金髪碧眼の女性剣士を映し出した。

「こちらは、私がこの5年ほど立ち上げに関わってきたこちらの剣戟系の格闘ゲーム、通称ヤメケンです。入力インターフェイスは2本のジョイスティックかマルチタッチを選べるようになってます。格ゲーの中では昔からあるコンボ系ですね。工夫をこらしたのは出力の方で、ディスプレイの他に立体のVRやホログラフィでも実用的に楽しめるようにけっこう作り込みまして。おかげ様で、ヤメケンは安定的な売上をあげさせてもらってます。」

 小森が話す中、金髪の剣士は周囲から現れた黒いモンスターたちを切り捨てていく。


「で、ヤメケンはもう若い子たちにまかせておいた方がいいから、お前は何か別のものを見つけてこいということになって、社長でもやってろとなったわけです。」

 画面がライブ会場のものに切り替わり、アバターたちが滑らかに踊りだす。

「エンジニアとしての私はずうっとCGに近い方、出力系をやっていたんですが、ゲーマーとしてはもっと自由にキャラクターを動かしたいという思いがあったもんで、新しい入力方式につながるものはないかな、と思って、去年の春先に『アステリックミューゼ』という発明家のマッチングサイトに登録してみて、バーチャルな小脳を目指しているという『リトル』を見つけまして。脳の血流量とか網膜へのレーザー刺激といったあたりはほとんど初耳だったけれども、リトルのコードを見せてもらうと要するにけっこう泥臭く機械学習をやっていくための仕組みらしくて、これはありかも、と思ったわけです。それでリトルを介してアバターを本気で動かす実験をしてみようという提案を葵ちゃんにして、検証代わりにバーチャルアイドル・アバターのグループ活動をすることになったのです。幅広い年代の人にアバター役をチャレンジしてもらって、脳とリトルでアバターのボーンをどこまで自由に操れるかを試行錯誤しているところが現状ですね。ちなみに、アイドル・グループとしての収支は赤字ですが。」


 再び画面に小森社長が現れた。


「そんなわけで、葵ちゃんにはリトルの開発をどんどん進めていって欲しいと思っているので、人気が出ちゃった葵ちゃんのアバターの代役というか影武者という話に興味を抱いているわけです。」


 彼女は折衝ごとに慣れているのだろう。5分と経たないうちに、会社としての立ち位置をひととおり説明してくれ、ミカにバトンタッチしてくれた。


「小森社長、ありがとうございます。私の方からは、影武者の話を持ち出した当院のサイトウ医師の考えを軽くお話させてください。サイトウは1月ほど前から、不登校を案じた学校医の先生からの紹介で中学1年生のサチさんという患者さんを診ています。サチさんには、極端な二重人格症状が見られます。彼女のもう一人の人格は、同じく抑うつ状態が認められますが、実年齢よりも4、5歳上の精神年齢と学力があるようです。コウと名乗っています。この二重人格症状はおそらくは、もっと年少の頃から見られていたのだと思います。」

 と言って、ミカは、存在Qの方を見た。存在Qは、

「はい。私は縁あってサチちゃんのヒアリングを担当したのですが、当時まだ7歳だったサチちゃんが随分と大人びた話をすることに驚いた覚えがあります。話の中には脈絡がないものありましたが、天才子役になれそうだな、などと見てました。その時のヒアリング記録は、小森社長の方に届けさせてもらったものとなります。」


「サイトウの考えとしては、サチさんの二重人格症状は治療対象とするようなものではなく、彼女がそのままで生きていけるような道を探ることが良いと考えています。サイトウはリアリテスとリトルの組み合わせがそこに活用できるのではないかと...」

 と話すミカを前に、ヒアリング記録の方を熱心に見ていたらしい小森が、

「鴨志田サチとコウ。鴨志田コウちゃん、ですか?」

 と驚きの声を上げた。


 そこから、小森が鴨志田コウは知った名だというなり、ミーティングの焦点は、葵の代役をどう立てるかではなく、サチとコウの話になっていった。心理士としてサチと一度話しただけのミカはにわかには信じ難かったが、逆転移現象なのかサイトウにもコウの想い人らしい別人格が現れていると話した時に、小森がそれはルカだろうと即答したあたりで、小森の話を否定できなくなっていった。小森の話では、23年前のゼータスペック社にトモナガ・ルカ・サブロウというハーフのインターン生がいたらしい。ルカの指導を担当したのが他ならない小森なのだという。コーダーとしての腕はまだまだだったが、ルカが剣道部出身だったことから、剣戟ゲームのキャラクター作成を手伝わせていたとのこと。そして、ルカの剣道部の後輩にコウという子がいたのだという。

「コウちゃんのこと、剣姫ってあだ名つけてたのよね。家にマイ剣道場がある、とかいうお嬢様で。鴨志田っていう名前も珍しいから、忘れようがないよね。」

「私は、鴨志田家に何度も通ってまして、立派なお庭の脇にある剣道場を拝見させてもらっています。」

 と、存在Qが応える。


「ミカさんは、イベントプロデューサーもなさっているのよね。巫女メイドカフェも経営しながら。」

「はい。巫女カフェは、広告代理店を辞めて臨床心理士を目指すようになった時に、叔父の入れ知恵で始めてまして。実際、イベントの依頼を受けるのに巫女カフェを経営していることは役立ってくれています。」

「あなたの前山家って、ソトヘビのなにかっていう神様を祀っている...」

「はい...ソトヘビノミタマ、です。」

「私、原宿のソトヘビのビルに、行ったことがあるのよ。それこそ、巫女の衣装を借りて、ルカ君と剣姫に着てもらうためにね。」


 ミカは目眩がしていた。小森が話していることは存在Qのレポートと矛盾していない。そして、前山ミカの個人情報を知り抜いているならば、ソトヘビノミタマから巫女装束のレンタルの件を話すことも可能だろう。だが、偶然とは思えない話の流れと、年齢を感じさせない小森の姿から、今話している小森は実はゼータスペック社の社長などではなく、その姿を借りたAIか何かなのではないかと思えてきた。

 ただ、今は心理職をしている身ながら神職の家に生まれた身であるミカは、前世とか預言といった類の話をありうるものとして捉えてもいる。人智を越えた出来事は人の都合よく起こるものではないが、ありえない話ではない。ミカは話の流れに任せることにした。


 結果、存在Qによる、リトルを介したヒアリングをサイトウにもやってみることになった。狙いはルカというサイトウの別人格を浮き上がらせること、となった。そして、これまで独立系のプロモーション会社に外注していたという、ひとえリミテーション・ガールズのプロモーションをミカの会社で請け負うことになった。ゼータスペック社の営業を通じ提示されてきた発注額は、十分な金額。どうやら、この件に小森は本気で乗るつもりらしかった。

 こうして、ひとえリミテーション・ガールズの影武者育成は本格的にスタートすることになった。

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