006 サイトウのヒアリング・レポート
ゼータスペック社から正式の発注を受けたミカは、ライター存在Qからの納品物の確認と支払い時期のすり合わせを兼ねて、再び存在Qとビデオ会議を行うことにした。
存在Qからのサイトウ先生に関するレポートは、けっこうぶっ飛んでいた。精神科医としてのサイトウ先生は働き者でしっかりと患者さんの立場に立てる良い先生だと思うが、まぁ、元々ぶっ飛んでいることはミカも感じていたが、ヒアリングで内面を赤裸々にぶちまけてくれたらしいサイトウ先生はさらに新たな一面を見せてくれていた。
「多少ノリ過ぎなところもある先生でしたでしょう。何か、私のセクシーシーンまであったようでして。」
と、ミカは苦笑する。存在Qは、つられ笑いを浮かべつつ、
「はい、まだ若い葵さんとは違って、先生は能弁な方でしたね。頭の回転がとにかく速くて。人の話を聞き慣れていて、また、話慣れているんでしょうね。ボン・キュッ・ボンなんて、最近は聞かないくだりも、先生に実際にお会いしたわけではないのですが、本当に先生のスタイルがボン・キュッ・ボンな感じがしましたし、だいぶ引き込まれちゃいましたね。」
とおどけ気味に言う。
そして、
「何しろ、精神科というと私くらいの年代には怖いという思いがまずありまして。もちろん、精神科の閉鎖病棟なんてのは随分と減ってきているくらいは聞いたことがありましたが、『精神病棟ルポ』のイメージですね。ゲーム症治療を専門とする先生がいらっしゃるなんてことは今回はじめて知りました。」
と、慎重に続ける。就職氷河期に脚本家という形で社会人生活を始めた存在Qさん。今や、白髪混じりで還暦が近いお歳。いろいろと苦労もしたのだろう。
「ゲーム依存症はギャンブル依存症などと共に、近年、位置づけが定まった疾患です。」
「包丁を持ち出してうろついたり、なんてのと違って、引きこもってゲームをしているだけなわけですから、表に出にくいわけでしょうね。」
「えぇ、あくまでご本人の引きこもりの問題として、困り果てた家族の方などが精神科に連れてこられるのです。」
「サチちゃんも、そういう症状があるのでしょうか?」
彼なりにサチのことが気になっているのだろうか。数年前に、やはりノリノリのサチの半生記を書いた存在Qがどこかしおらしく聞く。
「サチちゃんのケースについて、私は診断に口を挟む立場にはないのですが。」
と、ミカは前置きをして
「幼少のサチちゃんが話したことををQさんが書いてくださってますよね。書かれたストーリーに近しいところを彼女は生きている、と捉えてくださっても良いかと。」
「僕からしますと、サチちゃんは初孫に近い年齢です。かつての僕がやっつけで書いたストーリーのような世界をそんな子が生きている... 少し言葉に困りますね。僕は、役者さんを介して、ドラマを見てくださる方がそれぞれなりに楽しんでいただこうと、喜劇を書いてきました。喜劇の場合、立ち位置がわかりやすい方々を配置した舞台で、主役さんに思う存分に泣いたり悩んだり笑ったりしてもらおうとするところなのですが... 」
存在Qはそこで言葉を切った。
「サチちゃんは喜劇の舞台に立っているわけではない、のですね。」
と、ミカが代わりに補った。
「喜劇にはナルシストな俳優さんの方が良くはまります。それが演技であるにしても、観客の皆さんも大なり小なり自己愛を持っているものなので、ナルシスな行動は笑いを誘うものなんですよね。今にして思うと、幼いサチちゃんから聞いたことを書かせてもらった時に、天真爛漫といった典型にあてはめようとした気がします。」
「なるほど。」
若干興味はあるところだったが、次の予定も詰まっているため、ミカはまずは聞いて置かなければならないところだけを聞くために話を進めることにした。
「ところで。サイトウ先生のお話には、随分とアニメとかゲームとかの話が入り混じっているように思いますが、Qさんもヒアリングの際、そう感じられましたか?」
「はい。サイトウ先生は、事前に、リアリテスを連用した時に陥りかねない精神状態について解説いただきましたので、そういうものだとして話を聞きましたが。」
「なるほど。」
「小森社長が言っていたルカ君についての記述はまだ無いようですが、後の方に出てくるのでしょうか?」
「はい、そうです。サイトウ先生はルカという名前を感じた、とのことでした。ただ、彼が何者なのかは良く分かっていらっしゃらないようでした。」
「そうですか。ありがとうございます。」
後半は駆け足となってしまったが、ミカはミーティングを終えた。
次の予定は、いよいよ、ひとえリミテーション・ガールズのメンバーたちとの直接の顔合わせだ。プロモーションを請け負った身としては、直接にスタジオに出向いて中の人であるメンバーのことを知っておくことは大事である。
スタジオへの移動の最中、サイトウ先生からのヒアリング記録が一通り出そろったところで、小森社長と再度のミーティングを、今度はサイトウ先生も交えて行っても良いかなと、ミカは考えていた。
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