004 葵のヒアリング・レポート

 ミカは、まずは、斎藤から受け取った鴨志田サチについてのレポートに目を通した。

 孤児として発見され就籍したサチが幼少期を過ごしたという京都の尼寺でのエピソード、別人格コウのかつての実家を思い出し横浜の鴨志田家に向かったサチが見せた剣道場での立ち回りのエピソード、鴨志田家が奉じる甲鳥かぶとり神社でも開催されたという尼僧レスラーリズカのエピソード。一読して情景が浮かぶ記述が多く、プロのシナリオライターの手によるものだということも頷ける。異世界転生風のストーリーとなっているのは、20年近く前に娘を失った鴨志田幸壱かもしだこういちの要請によるのか、はたまたちょっとした有名人リズカを担いでのドラマ化でも狙っていたのか。

 

 ミカは、イベントプロデューサー前山の名義で、存在Qにコンタクトを取った。存在Q氏は、還暦に近いお歳とのことだったが、近年実用化された脳波入力ニューロタイピングをマスター済とのことで。サイトウ先生のアイデアであるリトルを通じてのあおいのヒアリングを円滑に実施できそうだった。リトルによって共感覚を亢進させてリアリティのあるヒアリングを行うというアプローチに自身も興味を覚えていたミカは、サイトウから紹介されたあおいのアドレスに連絡を入れた。


 存在Qからあおいへのリトルを経由したヒアリングは思いのほか早くに、一週間以内に実現することになった。その間に、ミカは、「ひとえリ」のバーチャルアイドル活動の運営元となっているゼータスペック社に連絡を入れ、影武者企画の概要を伝えた。ゼータスペック社はリトルの応用に興味を深めているとのことで、社長の小森が企画の相談に乗るとのことだった。


 ☆


 存在Qから、牧野葵まきのあおいからのヒアリングレポートがやってきた。

 リトルを通じたあおいのヒアリングの記録、つまり生ログ自体を追体験することが本来の趣旨だったが、ミカは存在Qにレポートを書いてもらうことを選んだのだ。出てきたレポートは、流石さすがというべきか、ジェネレーションギャップを感じさせないものだった。リトルを介すると、話の筋に乗りやすくなるのかもしれない。

レポートを読み終えたミカは、存在Qにビデオミーティングを申し入れた。


 冒頭の挨拶を終えたミカは、

「リトルを介してのヒアリング経験はいかがでした?」

と存在Qに問いかける。


「何分にもバーチャル世界でのヒアリング自体が初経験でしたので戸惑いはありましたがね。リトルの共感力というのは確かにあるのでしょうか。あおいさんのこれまでのエピソードと、感じているところとを臨場感を持って聞かせていただきました。」

「レポートの方は、短期間でまとめられた速報と思われない出来でした。」

「ありがとうございます。そこそこマスターしていた脳波入力ニューロタイピングもライティングの方には役立ちましたかね。」


「さて。」とミカは、いったん言葉を区切る。

「お知らせしました通り、本日のミーティングには、あおいちゃんと共同研究しているゲーム開発会社であるゼータスペック社の小森社長も参加していただく予定です。小森社長のご都合がつき次第、追って連絡いたしますので、少々お待ち下さい。」

「承知いたしました。」


こうして、後にゼータスペック社の立ち位置にもあおいの人生にも大きな影響を及ぼすことになるミーティングは始まった。

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