002 VIA Rail Canada.

 17歳の誕生日を前にカナダに渡ったあおいは、初夏のモントリオールに住んでいた。研究のスポンサー企業となってくれたレゾ・サノー社の研究所にある医療機器リアリテスを研究に活用するためである。2年半ほどの試行錯誤の末、あおいは、研究の第一目標と定めた脳波とCGレンダリングAIとを紐付けることによる映像リソースの自動作成を実現する技術的な目処を付けはじめていた。

 その技術をあおいは、『リトル』と呼ぶことにした。リアリテスを通じリアルタイムに計測された脳波を入力情報に、レンダリングAIへのパラメータを与え続けることで、自らが望む映像を作り出すこと。今のところは、望むような映像を生み出すことは全くできていなかったが、出力された映像をVRゴーグルで眺めながら、映像を変化させていくことができるようにはなっていた。

 フィリオクェ・プログラムの担当メンターと話し合い、あおいは、この夏の間に、別途実装を進めていた新モジュールの試験を開始することにした。あおいの狙いは、新モジュールによる映像を共有する複数人の脳波を統合を通じ、レンダリングAIとの接続を円滑化することを通じ、脳波によるレンダリング操作の可能性を広げることろにある。そのために、夏の実験パートナーが必要だった。パートナーに名乗りを上げたのは、中学の同級生の未来みく。彼女は、そのために高校のサマー・プログラムでカナダへの短期留学を選んでくれていた。

 今日は、カナダの名宰相の名を冠したモントリオールの国際空港に未来みくが到着する日だった。

 「あおい~」 「未来みくっ。」

 久しぶりの再会に、二人は空港ロビーでしばしハグしあうのだった。

 あおい未来みくの荷物を分担しながら持ちつつ、モントリオール市内へのアクセス鉄道の駅ドルヴァルに向かうシャトルバスを目指す。ロビーを出て、外の空気を吸った未来みくは、「私の初カナダぁ。」と笑い、「ね、せっかくだから手をつないで。」と、

 あおいに向かって右手を差し出した。あおい未来みくの手を握った。

「やった~。」と、もう一度笑う、未来みく


 ☆


 シャトルバスに乗り込んでからも未来みくのテンションは高めだった。いや、乗り込んでからさらにテンションが高まったのかもしれない。シャトルバスが向かうは、カナダを横断する鉄路VIA Rail Canadaのドルヴァル駅。未来みくは、中学時代からの鉄道オタク、いわゆる鉄子なのだった。

 『Gare de Dorval』と書かれた駅の看板のある入口で、駅員さんにお願いして、写真を撮ってもらった二人。

 駅員さんにお礼を言った後、

 「やっぱ、ケベック州VIAの駅名は、フランス語なんだね~。」と言うなり、うろうろしはじめ、写真を撮り始める未来みく

 電車が来るまでの間、あおいは、落ち着きなく動く未来みくの後ろ姿を眺め続けることとなった。

 ようやくに到着した電車オーシャン号の乗り込んで席を落ち着けた未来みくに、あおいは、モントリオール中央駅に着いてからの段取りを説明した。

 「今日は、未来みくのために、私も人生初の5つ星ホテルのノース・コンチネンタル・ホテルを予約しちゃったね。」

 あおいの話を聞きながらもオーシャン号の車内をきょろきょろと眺めていた未来みくは、視線をあおいの方に戻し、「おおっ、すごいやったー、ありがと~。」と言った。

 そこからは、未来みくは視線を落ち着かせると、「ラブラブ~♪」と言って、あおいの右肩に頭を寄せ、あおいの右手に手を重ねた。

 先程からの未来みくのはしゃぎっぷりに少し恥ずかしくなっていたあおいは、「ぁ、明日からは、研究室暮らしだからね。」と、視線を前に向けたままにつぶやいた。

 未来みくは、あおいの肩から頭を戻し、「不束者ふつつかものですが、ひと夏、よろしくお願いします。」と言い、あおいの細いふとももに両手で三指をついた。

 そう。あおいの研究に毎日4時間協力してもらう代わりに、約1月半に及ぶこの夏の未来みくの滞在先と食事の全てはあおいが持つ約束になっていただった。まだ、研究スポンサーを1社しか持たないあおいの手持ちのお金は多くはなかったが、理解ある研究部長の配慮によって、あおいは、レゾ・サノー研究所の片隅に二段ベッドを持ち込んだ私室を確保していた。研究棟の隣にある体育館にはシャワー室があり、17歳の女子二人のひと夏は宿代無償で過ごせるのだった。 

 未来みくの興奮醒めやらぬうちに、オーシャン号は、モントリオール中央駅に到着した。

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