お引越しの日

「やっぱりやだぁー!行きたくないー!千代ちゃんと離れたくないー!」


「むぐぅっ!?」


「ちょっとこーねぇ!ウチと離れるのはどうでもいいのっ?!」


「えー?だって千保ちゃん別に悲しまないじゃん。それに、私が居なくなって部屋広くなるって喜んでたの知ってるからね」


「あ、あはははは……こ、こーねぇが居なくなって寂しいなぁ」


「ったくもう、千代ちゃんが羨ましいなら正直にいえばいいのに。ほら、よしよーし」


 三月の初め頃、少し薄手の洋服でも過ごしやすくなってきた日の朝、いよいよ引越し当日となった千胡お姉ちゃんに俺はむぎゅうっと抱き締められていた。


「千胡、お昼過ぎには浩さんが金山さんにトラックお借りして荷物持ってきてくれるんですから、遊んでないで最後の確認しなさい」


「えーっ。だってお母さん、引っ越したら私もう毎日千代ちゃんと遊んだり出来なくなるんだよー?準備は昨日で終わってるし、今日くらいいいじゃーん」


「そんな年に一、二回しか帰って来れないような場所じゃないんだから……でもまぁ、今日くらいいいでしょう」


「えっ!?」


「おぉ」


 珍しく母様がデレたっ!


「お昼にはお家出ますからね。それまでは自由にしてていいわよ」


「──!ありがとうお母さんっ!」


 まぁ、流石の母様も最終日くらいはって事なんだろうな。


 ーーーーーーーーーー


「で、どうしてこうなった」


 母様に自由にしてよいと千胡お姉ちゃんがお墨付きを貰ったあの後、何故か俺と千保お姉ちゃんは千胡お姉ちゃんに連れられて街の至る場所を巡っていた。


「だってほら、お世話になったんだし挨拶して回らないといけないじゃない?」


「いやまぁ確かにそうだけど、この間もしてたじゃん」


「それはそれ、これはこれ、というかここで挨拶回り最後だし」


「あら、そうだったの?」


「流石に最後の最後なのに挨拶回りの為だけに大好きな妹二人を連れ回したりはしないよー」


「はいはいそれで?結局ウチらこーねぇの大好きな妹二人を連れ回して何がやりたいのー?」


「何がやりたいのかって?ほら、私達って小さい頃はよく一緒に街のあちこち行ってたじゃない、でも最近は全くやってなかったでしょ?」


 あー、そういやそんな時期もあったなぁ。確かそういったお出かけって俺が小学三年生になったくらいからほとんどしなくなったもんなぁ。


「だからね、昔みたいに三人であっち行ったりこっち行ったりしたり、色々行ってみたいなっておもって」


 ま、確かに幾ら近い所だって言っても一回一人暮らし始めちゃうと何かイベント事でも無い限り、戻ってくる事なんて無くなるし……


 昨日まであんなに楽しそうにしていたにも関わらず、そう言って寂しげな表情を浮かべる千胡お姉ちゃんを見て前世の自分の事を思い出した俺は千胡お姉ちゃんの手を握り────


「それじゃっ、千胡お姉ちゃんが寂しくないようにいっぱい思い出作らなきゃね!」


 そう笑顔で言ってあげるのであった。

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