女の子になる
『なぁなぁ知っとるか?』
『あ?何だ突然』
何だか薄らとモヤのかかった高校の食堂、向かいの席に座るもう保育園からずっと一緒にいる「ヤツ」に、俺は唐突にそう問いかけられる。
『ウチら女はなぁ常に戦いの中に居るんや!文字通り常在戦場や!』
『お、おぉ……突然だな』
『なんでか分からんって顔しとるなぁ。ふふん、せっかくやからウチが教えてやろう!』
『いや、別にいいです』
『教えてやろう!』
『あ、これダメなやつだ』
『まず外だと気ぃー抜いたり出来ん!常に女の子らしく、可愛く可憐に美しくや!そして次、男相手には気は許せん!少しでも許したらすーぐーに襲われるからな!』
『は、はぁ……』
『そして最後!もー女として終わっとる歳になるまでずーっとずーっっっと痛みとの戦いや!まぁ言ってしまうなら生理やな』
『おまえなぁ……一応女の子なんだから、そういうのはこんな場所で言うもんじゃねぇだろ』
『だーいじょーぶだーいじょーぶ。それにな……女の子っていうのはな、誰しもが気を抜いてもえぇ落ち着けるセーフティーを作るもんなんや』
そう優しい笑顔を浮かべながら言う彼女の顔は、はっきりと見えないにも関わらず何だか少し悲しげな顔をしていた。
『え、それってもしかして俺の────』
『ふふふっ、どうやろうね〜っと!カツ頂き!』
『あっおいこら!俺のカツだぞ!』
『ふはははははは!アンタのもんはぜーんぶウチのもんや!』
『なんだそのジャイアニズム!っこのっ!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はっ!」
……夢?にしてはやけにリアルな……いや、あれは夢じゃなくて……というかここは……お家?
「千代!大丈夫か!?具合はどうだ?」
「れーじ?」
「良かった、少しは顔色も良くなったわね」
「礼二?それに母様っ……つつつっ!」
いででででででで!
「あーもうほら急に起き上がるから。無理しちゃダメよ千代。ごめんね礼二くん、ちょっと席を外してもらえるかしら?」
「はい」
パチリと目が覚め、枕元で見守ってくれていたのか、俺が起きた途端母様を呼んだ礼二と呼ばれてやってきた母様を前に起き上がろうとした俺は、下腹部の痛みにお腹を抑える。
「かーさまー、お腹痛いぃー」
「かわっ……こほん、大丈夫よ千代、心配する事は無いわ。だって多分千代は……」
「いづづっ……母様、私ちょっとトイレ……」
この痛みはちょっと、耐え難いものがありんす母様……つつつっ……それになんかパンツも気持ち悪いし……
「えぇっと千代?辛いのは分かるけどちょっと母様のお話を聞いてから……」
「ごめんなさい母様、そんな余裕無いです!」
なんか出てきそうな感じがするんでっす!
「あっ千代!えーっと、と、とにかく気を確かに持つんですよ!」
なんか変な母様、まぁいいや、今はそれどころじゃないっ!
そうして俺は、なんだか珍しく変な様子の母様を後にトイレへと駆け込み、そしていつもの様にパンツを下ろした所で────
「ふぅ……なんとか間に合っ…………ふぇ?……にぎゃあぁぁぁああ!」
その目の前に広がる惨状に、ご近所中に響き渡る程の大声をあげてしまったのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぅ……うぅうぅぅ……赤いのがぁ……赤いのがいっぱい……うぅぅ……」
地獄が……地獄絵図が俺の股に広がって……
「よしよし、暖かくして大人しくしていれば良くなるからね」
「うぅぅ……」
あの後、暫くしてトイレから出てきた俺は、ぽんぽんと布団の上から俺をさすってくれる母様の袖をきゅっと掴みながら、先程受けたショックに立ち直れずに居た。
「私もだけど、お姉ちゃん達もどっちも中学校入ってからだったし、まだ大丈夫だと思ってたけど……まさか千代だけこんなに早く生理が来るなんて……油断してたわ」
「せー……り?」
それってあの、女として終わる歳までずっと戦うことになるっていう……あれ?
「そうよ、あんなに元気なお姉ちゃん達が元気ない日とか、お腹痛そうにしてる日があったでしょう?」
「うん……」
「それが生理っていうの。女の子には皆遅かれ早かれこれが来てね、これが来るとね赤ちゃんが作れる体になったっていう合図なの」
「そうなのか……」
こんなのとこれから毎月付き合う事に……女の子って最強の生き物なのかもしれない……
「とりあえず、母様は必要な物買ってきますから、そのまま大人しくしてなさいね」
きゅっと俺の手を握ってくれながらそう一通り俺に子供用の説明をし、俺から手を離し立ち去ろうとする母様の背に思わず手を伸ばした所で俺の頭にとある言葉が過ぎった。
『それにな……女の子っていうのはな、誰しもが気を抜いてもえぇ落ち着けるセーフティーを作るもんなんや』
セーフティ……気を抜ける……落ち着ける相手……
そしてその言葉をぼーっとする頭で理解しようとしていた俺の頭には今度は言葉ではなく、どんな時でも俺の傍らに居てくれるアイツの顔が浮かび上がってきた。
そしてその瞬間、俺はふっと一つのことを理解した。
そっか、俺……ううん「私」にとってアイツはいつも一緒に居てくれて、だからこそ気が付かなくて、でも……そうか、そうだったんだ。
「礼二……」
私にとって礼二は、もう居てもらわないとダメなんだ。
私にとって礼二は、もう替えのきかないセーフティだったんだ。
「あらあらこの子ったら……ふふっ。礼二くん、私が帰ってくるまで千代についてて貰えるかしら?」
「は、はい!」
そうして俺は自分でも知らない内に、礼二が自分にとってどういう存在になっていたのかを理解することが出来たのであった。
そして後日、一眠りして色々と落ち着いた俺がこの事を思い出し、悶絶する事になるのはまた別のお話。
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