小学校・高学年編
五度目の夏休み
「千代ちゃーん」
「はーい!」
「はい、お小遣い。大切に使うんだよー」
「わーい!おばちゃんありがとー!」
いくらあるかなー?後で確認しよーっと♪
「いつもいつもありがとうございます」
「いいのいいの!千代ちゃんはお礼もできるし、それにこんなに喜んでくれてるんだから!」
セミの鳴き声と風鈴の音が季節を感じさせる中、チャラチャラと小銭の鳴る音が聞こえるポチ袋を持ち、そんな会話をする母様達の横で俺は目をキラキラとさせていた。
「にしても、千代ちゃんも少し見ない間に大きくなっちゃって……子供の成長ってはやいですねぇ」
「えぇ。もう本当に、少し目を離したら直ぐに大きくなっちゃって……」
ふふん♪まぁ俺ももう十歳だし、次の誕生日には十一歳になるからな。大きくもなるもんさ!
母様に頭を撫でられながら、背中の真ん中まで陽の光を受け薄らと青みがかる艶のある黒髪を伸ばした俺は、未だ膨らみかける兆しすらないぺったんこな胸を張っていたのだった。
そう、あの綺月ちゃんのイジメを解決した時から約三年間の月日が流れ、今の俺は白のシャツに水色のスカートが似合う立派な小学五年生の女子となっていたのだった。
「本当にもらっていいの?おばあちゃん」
「えぇえぇ、今度千代ちゃんが来たら帰る時にでも渡そうと決めてたんですよ」
「でもこれって……」
「いいのいいの、それももうここ数年お盆とお正月に千代ちゃんが来た時に弾かれてたくらいだったもの。せっかくの名品なんだから、放っておいたままの方が失礼ってものよ」
「だからってこんな」
この時代でも買えばウン十万円、元の時代で買おうものなら数百万は下らない程貴重なものを……
「思えば、千代ちゃんが初めてそれを触ったのはまだ小学一年生の頃だったねぇ……あの頃はまだ簡単なのを弾けるくらいだったのに、今じゃあんな上手に出来るようになって……」
「おばあちゃん」
「だからね、それは千代ちゃんにおばあちゃんからの贈り物だよ」
お盆で母様の実家へと帰省していた最終日の事、いよいよ帰ろうと言うタイミングで母様の母様、つまりおばあちゃんから俺は帰り際に立派な桐の箱を受け取っていた。
「か、母様ぁー」
こ、これ本当に貰っちゃっていいの!?
「母様が千代にあげると言っているんです。大人しく貰っておきなさい」
「母様がいいって言うなら……うん。おばあちゃん、ありがと!」
「どういたしまして。また次来た時、千代ちゃんの三味線聴かせてね」
「うん!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と元気に返事をしたのは良いものの……
「これ、毎年お盆とお正月の度に電車にこれ抱えて入るのか……」
「ま、まぁ、この路線は全然人が居ませんから。にしても、母様の宝物であるあの三味線を譲ってもらえるくらいだなんて、千代は音楽の才能もあるのかしら」
「あはははは……」
実は三味線弾ける理由が前世の親父が大のギター好きで俺も小さい頃からエレキだけどギター触ってたからだなんて、エレキギター追放運動なんてあったのに言えないよなぁ……
いやまぁもう追放運動は鎮静化してるしそれはいいとして、そもそも前世の話だから話せる訳が無いって言うのもあるけど。
「でも今年は残念でしたね」
「ねー。父様はお仕事だからともかく、まさかお姉ちゃん達も用事があるなんてなぁ」
「お正月はみんなで来たいですね」
「うん」
帰りの電車の中、今回は学校の用事ゆえ来れなかった中学生になった姉達の事を母様と話しながら、俺はガタンゴトンと揺れる電車に身を任せていた。
「そう言えば千代、ちゃんと夏休みの宿題は終わりましたか?もう夏休みも残り少しでしょう」
「ちゃんと終わらせてるよー。千保お姉ちゃんとは違うのだよー」
「あの子も色んな人と仲良くなるだけじゃなくて、ちゃんとお勉強も頑張ってくれると嬉しいんですけどね……そういや、お友達とは仲良く出来ていますか?」
「うん。色々お話出来たりしてとっても仲良ししてるよ!早く夏休み明けないかなぁ」
じゃないとまともに連絡取り合えないからなぁ。だいたい姉二人がいつも誰かと電話してるから使えないもん。
「ふふふっ、千代は本当にお友達が好きなのね。さっ、もうそろそろお家ですよ。またお手伝い、よろしくお願いしますね」
「任せて!」
こうして、俺は五年生の夏休みを満喫していたのであった。
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