イベント前のフラグ回収

「けほっ、けほっ。うぅ〜……」


 ちくしょう……油断してた…………


「あらあら、大丈夫ですか千代」


「あ、かーさまぁ」


「リンゴ、持ってきてあげましたよ」


「わーいりんごー」


 病気の時はやっぱりこれだよねー。


 シャリシャリと小さな口で兎のようにリンゴを齧りながら、先程まで布団で横になっていた俺はその冷たく甘い感覚にほうっと顔を緩ませる。

 そう、運動会が終わった次の週、体を動かし沢山汗をかいたからか、案の定俺は風邪を引き倒れていたのであった。


 綺月ちゃんがあんな目にあってるって言うのに……はぁ、こんな所で倒れている場合じゃ無いのになぁ……まぁイベント前にそのイベントで発生する事を回収してると考えよう。


「……千代、どうかしたの?」


「ほえ?」


「リンゴ、いつもみたいに齧ってないじゃない」


「いつもみたいって……」


 いやまぁ否定できないくらい毎年毎年何回も風邪引いてるけどさ。ほんとどうなってんだこの体、免疫システム仕事しろ?はやいとこばいばい菌しろ?


「何か悩み事でもあるの?」


「い、いやそれは……」


「ちーよ」


「ふ、ふぁい」


 俺が言い淀んだからか、母様は俺にずいっと近付くと両の手で俺の頬をぷにっと挟むと珍しくハキハキとしたいつもの呼び方ではなく、ふにゃっとした優しげな呼び方で俺を呼ぶ。


「覚えてないでしょうけど、貴女は小さな頃から大人びた手のかからない子でした。貴女がそんなだったおかげで、母様は他の子達の面倒を見る上でとても助かってました」


「う、うん……」


「でもね、どれだけ貴女が一人で色々出来る大丈夫な子でも私は貴女の母様で、貴女は私の娘なの。娘が何かで悩んでるのなら力になりたい、助けてあげたいのよ」


「母様……」


「だから、ね?話してご覧なさい。母様は貴女の味方なんだから」


「うん」


 母様のその熱意ある優しい言葉に、今まではお姉ちゃん達で忙しいしと自分に言い聞かせ我慢していた俺は、やっぱり愛してくれていたんだと思わず涙が出そうになってしまう。

 そしてそのまま、俺は悩んでいた綺月ちゃんのいじめの件を嘘偽りなく、見たまま母様に伝えたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほど……ね、それでいじめをやめさせたいと」


「うん。私、あいつらの下に見たやつをいじめるだけいじめて私が来たら逃げるっていう根性が気に入らない。それに、綺月ちゃんは大切な友達だから」


「わかりました。もし、貴女だけでこの件を止めることが出来なければ、浩さんや婦人会、町内集会に私から声をかけてどうにか出来ないか試みるとしましょう」


「ほんと!?」


「えぇ、ですがこの方法はそのいじめている子とその家族をこの街から追い出してしまうでしょう。なんせ対象が対象ですからね……」


 そうか、いじめたっていうレッテルを貼られた上に広められたらもうこの街に居場所は……


「正直、貴女がもし相手への恨みだけで動いていたのならここまでは手を貸すつもりはありませんでした。ですが貴女の本心は友達を守りたい、そうですね?千代」


「うん、私はその子を追い出したいんじゃない、綺月ちゃんを守りたいだけ」


「よろしい、それではやってみなさい。その子を追い出さない為にも、何より友人を守る為にも、貴女の持てるその知識を使い成し遂げてみせるのですよ」


「はい、母様!」


 そうと決まれば早速────


「あ、千代、今そんないきなり立ったりしちゃ────」


「じゅんびに〜……あう」


「全くもう。先ずは、貴女の風邪を治してからですよ」


「えへへ……はーい」


 こうして、俺の綺月ちゃんを助ける作戦は母娘の絆を深めつつ、俺の風邪復活と共に幕を開けたのだった。

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