幼女による(無計画)泥棒退治講座

 遠くで賑やかな祭囃子が聞こえる中、男は祭りの賑やかさと夜の闇に隠れ、この街唯一の金物屋の裏口へこそこそと足音を忍ばせてやってきていた。


「最近色々と物入りだったからな、一気にやり過ぎてちょっっと警戒されちまったりされてたが。流石お祭り、賑やかさに乗じてこうも容易く忍び込む事ができるとは」


 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべつつ、男は懐から先端が変わった形をしている金具を取り出すと、それを錠前に突っ込み、ガチャガチャと弄り始める。


「へっへっへっ。本当祭り様々ってか!っと何か聞こえたような……」


 トタタタタと木の板を軽い生き物が走るような音を聞き取った男は、ピクリと耳を動かし、作業を止めて周りを気にし始める。


「……誰もいねぇ……ネズミか何かか?にしてはだんだん近くに来てやがるような──────────」


「せいっ!」


「ぐぅあっ!?」


「はぁ……はぁ……間に合った…………!」


 突如塀の上から現れた何者かの一撃をモロに顔に受け、横に倒れ悶絶している男の影から息を上げてよろよろと立ち上がった少女は、立ち上がりそう呟くのだった。


 ーーーーーーーーーー


 時短の為に塀の上を走ってきたのが幸いして、全力のドロップキックを顔に当てれたのはよかったけど……


「あぁぁぁぁぁぁ……つっうっっつ!てめぇこのガキ……!つつっっ!」


 これからどうしよう……全く何も考え無しに飛び出しちゃったんだよなぁ。それに思ったよりもこっちにもダメージ来てるし。


 何かを気にして手を止めて居たが、思いっきり怪しい行動をしていた男の顔面にドロップキックを当てた俺は、目の前で悶絶する男を前によろよろと立ち上がりながらそう考えていた。


 とにかく、最初の一撃で沈まなかった時点でただでさえ貧弱な女児の中でも平均より貧弱な俺が大の男に勝ち目がある訳がない。

 という訳で……


「ここは逃げるに限る!」


「あっ!まてこのクソガキっ!」


「泥棒になんか捕まらないよーだ!」


 俺は泥棒を挑発しつつ俺は男が空けたであろう塀の扉から路地に飛び出すと、絶対に直線の道を進まない事を意識しながら右へ左へと曲がりながら逃げる。


 そうでもしないと、一メートルも身長がない女児なんて一瞬で捕まるに決まってるからね。それが直進しか出来ない道なら尚更だ!


「くそっ、ちょこまかと!待てやゴルァ!」


「待てと言われて……はぁ……待つバカが……はぁ……いるかっ!」


 やっぱり、この体、体力が、ない!裸足なのもあるけど、足の裏、めっちゃ痛いし!もう少しで、お祭りの、近くまで、行けるのにぃぃ!


「あでっ!」


 別の事に気を取られたのが原因か、息も切れ切れになりながらも懸命に走っていた俺は、浴衣の裾を踏んでしまい頭からずっこける。


「いっ……っぁぁー……」


 こ、コケた……しかももろヘッドスライディングで…………あ、やばい痛くて泣きそう。


「で、でも……ぐず、今は逃げなきゃ……ひぐっ……いだっ!?」


「へへへ、ちょこまかと逃げやがって。やぁ〜っと捕まえてやったぞ」


「いたいっ!いたいってばっ!髪の毛離してよっ!」


「離すわけないだろう?いきなり顔面に蹴りを食らわせてくるなんて危ねぇ事するクソガキをよォ」


「くっ……このっ!」


 俺の両手と一緒に髪の毛を引っ張り立ち上がらせた目の前でニヤニヤとした顔を浮かべる男に、俺はばたつかせていた足をおおきく振り、勢いを付けて男の股間目掛けて蹴り上げる。

 しかし──────


「おぉっと危ねぇ、金的なんかされたらたまったもんじゃねぇからな。気をつけねぇ訳がねぇだろ?」


「くそっ!離せよ!はーなーせー!」


「何だこのガキ、女にしては口悪すぎるだろ。将来嫁の貰い手居ないぞ?」


「お前みたいな泥棒にだけは言われたくない!ばーか!」


「でもまぁ、幼いにしても顔は綺麗じゃねぇか。なんなら俺が貰ってやろうか?ん?」


「ひっ……!」


 ギリギリの所でまだなんとか抵抗していたが、目の前で未だニヤニヤと気味の悪い顔を浮かべる男が舌なめずりをしたのを見て、俺は恐怖でボロボロと涙を流し始める。


「やだ……やだよぅ……ひぐっ……」


「あ?なんだ?今頃怖気付いたのか?」


「離してよぉ……ぐずっ……かーさまのとこ、帰してよぉ……」


「へっ、自分から突っ込んで来といてこのザマかよ、まぁいい、盗みは出来なかったがこのままこいつを家に連れ帰って──────」


「居た!千代ちゃん居たよお母さん!」


「ほんとかい礼二!?よくやった!ってあんた、千代ちゃんになにしようとしてるんだい!?」


「れーじ?おばちゃん……?」


 涙でハッキリと見ることは出来ないが、近くで聞きなれた安心する声が聞こえた俺は、声の聞こえた方を向き、力なく名前を呼ぶ。


「千代ちゃん大丈夫なの!?今助けて上げるからね!あんた達!こっちだよ!」


「「「「「おう!」」」」」


「ちっ!人が来たか、さっさとずらからねぇと」


「人の可愛い孫に手を出させといて、そう易々とずらかれるなんて思ってねぇだろうな?」


 挟み撃ち……!それにじいちゃん……!


「くそっ、こうなりゃ……おらっ!」


「えっ」


 投げられっ……!?あっ、この勢いはまず──────


「千代!」


 通路の両側から挟まれた男に放り投げられ、このまま地面にぶつかると覚悟していた俺は、自分の名前を呼ぶ声と共に、がっしりと強く受け止められる。


「とーさま……?とーさま!とーさまぁっ!」


「よしよし、怖かっただろう。後は大人に任せなさい」


「うん……とーさま」


「なんだい、千代?」


「だいすき!」


 そうして、俺は父様の腕の中で電池が切れたように眠りへと落ち、泥棒の男は無事逮捕された。

 翌日、目の覚めた俺は一通りお医者さんに見てもらった後、家族皆にこってりと叱られ、もう二度とこんな真似はしないと誓うことになったのだった。

 その時に貰ったじいちゃんのゲンコツは凄まじく痛かった。

 そして月日は流れ、この体になって三度目の秋がやってきた。

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