初めてのお〇い
「千代〜、ちょっといいかしら千代〜」
お、なんか知らんが呼ばれた。
「はいかーさま!なになにー?」
母様に呼び出された俺は元気よく返事を返しながら、誕生日プレゼントのシャチのぬいぐるみを抱っこしたままスカートの裾を蹴り立てて母様の元へと行く。
ちょうど暇してたからなんでもしますぜ奥さん。
「父様が今日お弁当忘れていってしまわれて、多分忙しくて取りに戻れないだろうけど母様も家事があるし、代わりに千代がお店まで行って父様にお弁当届けてくれないかしら?」
「おつかい?」
「そうよー。千代にできますかー?」
「うん!ちよできる!」
というかそこまで遠くないからね!余裕余裕!
「よし、それじゃあお願いしちゃいますね?」
「まかせて!」
外に出れるという事でもう一度俺が元気よくそう返事をすると、母様は満足そうに頷いて外行き用に上から何枚か洋服を被せてくれた。
「細い道には?」
「はいらない!」
「寄り道は?」
「しない!!」
「変な人に声をかけられたら?」
「さけぶ!!!」
これが女の子の3ヶ条なのだろうか。まぁ幾ら周囲の目があるから大丈夫そうとはいえ、やっぱり不安はあるよね。
「よし、それじゃあ行ってらっしゃい。頑張るんですよ」
「ん!行ってきまーす!」
最後に頭を一撫でしてそう言う母様に、俺は大きいお弁当箱を両手で持ちながら、勢いよく玄関から飛び出して行ったのだった。
ーーーーーーーーーーー
えーっと、確かあの橋を渡ってから右に曲がって川沿いに行けば──────
「おみせにつくはず!」
ざぼざぼと短い足で2センチ程積もった雪をかき分けつつ、俺は白い息を吐きながら興奮したように改めて自分の頭の中で道を声に出して確認する。
それにしても、この街はなんというか珍しい作りしてるよなぁ…………これも川岸だから成立した事なのか。
「あら千代ちゃん!今日は1人でお出かけかい?お母さんは?」
「あ!おばさん!きょーはおつかいなんだよー!」
どれだけ不用意に女の人におばさんって言っても怒られないのは子供の特権だよなぁ。
「あっら偉いわねぇー!飴ちゃんあげるから頑張るんだよー」
「うん!ありがとー!」
俺こと千代の住むこの街は川で2つに分けられた街道から少しはなれた場所にある、川沿いに伸びる細長い街だ。
そしてこの街にいくつも立ち並ぶ店の1つに、千代が産まれた花宮家の経営している雑貨屋「花見屋」がある。
雑貨屋ってだけは聞いてるけど、前に帳簿見た限りだと色々仕入れてたし多分何でも屋とかそんな感じなんだろうなぁ。
経営大丈夫なのだろうか。
「お、千代ちゃんお使いかい?」
「そだよーさかなやのおじちゃん!」
「偉いねぇ!ウチの坊主にも見習わせたいくらいだ!っとー千代ちゃん、ちょっと待ってなー……はいこれ、頑張ってる千代ちゃんにご褒美だ!花見屋まで頑張れよー?」
「うん!」
アジを丸々1本貰ってしまった……気前いいなぁ魚屋のおっちゃん。地味に重いけど。
「おうおうおう、なぁーに1人だけカッコつけてんだ。千代ちゃん、これも持っていきな!」
「わわわっ!やおやのおじちゃん!?」
これキュウリか、こんな寒い時期によく仕入れられたなぁ……
「お!千代ちゃんきてんのか!」
「千代ちゃんが来てるって!?」
「おー千代ちゃん!今日は1人かい?」
あ、あれー?なんか人が沢山集まって来たぞー?
魚屋のおじちゃんと八百屋のおじちゃんを皮切りに、だんだんと俺の周りに人が集まって来る様子を見て、俺はなんだか嫌な予感を感じ始める。
「よく来たね千代ちゃん!」「千代ちゃんこれ持っていきな!」「この間が初出だって?」「果物あげるよ!」「お母さん元気にしてるかい?」
えっえっえっ!?
「花宮さんちの末娘が来てるって?」「祝いだ祝いだ!ほら米、持っていきな!」「ウチの惣菜、食べてくれよ!」「ほれ乾物!お父さんによろしくな!」
「わっ!わわわわわっ!」
人がっ!人がすっげぇ集まってっ───────
そして案の定嫌な予感が的中した俺は街の皆に囲まれ──────────
ーーーーーーーーーーー
コンコンッ
「ん?一恵さんかな?」
「とーさまー」
「千代か?どーしたお店までー……いやどうした千代!?というか千代か!?」
「たすけてー」
「お、おう!少し待ってろ!」
父様のお店につく頃には荷物に埋もれかけていたのだった。
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