幼女、大地に立つ

「千代〜、お姉ちゃんと遊ぼ〜」


「あ、ちほねーたんだ」


「あら千保、ごめんなさい。今日は千代の外出なの、我慢してちょうだい?」


「外出かぁ、それならしかたないかぁ。でも千代、お洋服いいなぁ」


 千保お姉ちゃんには悪いが、これは初めて外出するからか、お祝いみたいな感じで父様が買ってきてくれたものだ。渡しはしない。


「これでよしっ、と。千代、ちょっと動いてご覧なさい」


「はーい」


 白のもこもこで枠取りされてる赤色の分厚い生地の服に身を包んだ俺がそう返事をし、その場所でくるくると回ると、それに合わせてふわりとスカートの裾が浮き上がる。


 うーむ……服の生地のおかげでまだいいけど、スカートの足元の心許無さが何とも………


「どう?変な感じとかしませんか?」


「うん、でも……」


「でも?」


「スカートやー」


 女だからスカートでも仕方ないけど……それ以前に中身男ですから、出来るならズボンに履き変えたいのですよ。

 それにいつもはまだ足元しっかりしてる和服だから余計にね。


「あらら……足元が自由に動かせるのがあれなのかしら…………でも千代に合うサイズのズボンは無いし、これで我慢しなさいね?」


「うぅう〜……」


 無いものはいくら強請っても仕方ないか……


「それでは千代の準備も出来ましたし、そろそろ行きましょうか」


「あい!」


「楽しんでおいでね、千代」


「うん!いってくるよちほおねーたん!」


「行ってらっしゃーい」


 そう元気に返事をしてひらひらと手を振る千保お姉ちゃんと呼んでいる2つ上の姉に、俺は手を振り返しながら母様に手を引かれて玄関まで行く。

 そして俺がいつも縁側でやって貰っていた時のように母様に靴を履かされると、母様はもう一度俺の手を今度はさっきよりしっかり握り、カラカラと音を立てて玄関の戸を開ける。

 するとそこは──────────


「わぁー……!きれーい!」


「ふふっ、千代は3人と違って走り出したりしなくてよかったわ。これがお外ですよ千代、初めてのお外はどう?」


「すごいですかーさま!おおきいかわー!」


「あら、よく川って言葉を知ってたわね。お義父さんに習ったの?」


 あ、やべ。まだ母様から習ってない言葉を喋っちまった。


「う、うん!じぃじにおしえてもらったの!」


「そうでしたか。千代はなんでも覚えて偉いですね」


「えへへ〜♪」


 こんな事で褒められて頭を撫でられたくらいで嬉しいと思ってしまうのはこの体のせいなのか、それとも俺の人格自体がこの体に引っ張られてるのだろうか…………うーむ、難しい問題だ。


「それじゃあ近くを少しお散歩しましょうか」


「あい!」


「ふふっ♪疲れたら遠慮なく言いなさい?初めてのお外なんだから無理しちゃダメですよ」


 初めての外ということもあり、柄にもなく心から元気よく手を上げて返事をした俺は、母様に手を引かれながらゆっくりと雪を踏みしめて暫くの間歩いていた。

 そしてぐるりと今の俺の家を含む、何十件もの家が川沿いに背中合わせに建っていたこの場所を一周して家の前へと戻ってくると、そこには俺と同じように母親に手を引かれている子供がいた。


「あら、桜ヶ崎さんこんにちは」


「花宮さんこそ、お久しぶりです」


 ふむふむ、この人が時々母様の話に聞いてた桜ヶ崎さんか。確かウチの裏にある家の人だったかな?


「今日が初めてだったんですね〜。それで、その子が千代ちゃんですか?」


「えぇ、大人しくていい子なんですよ〜。ほら、ご挨拶してみて?」


 おっと、ここで振られるか。えーっと三歳児っぽい感じでたどたどしく……


「あ、はい、かーさま!えと、えとー……こんにちは?」


「はい、こんにちは。挨拶が出来て偉いわねぇ〜。お名前はなんて言うのかなー?」


「えへへ〜♪ちよです!」


「あら〜千代ちゃんって言うのね。上手に言えて偉いわ〜」


 ウチの母様とはタイプが違う人だなぁ……でも頭撫でてくれるからいっか〜♪


 上手く三歳児らしい挨拶を演じる事が出来たようで、桜ヶ崎さんに頭を撫でられて顔を緩めていた俺は、さっきの子が桜ヶ崎さんの足に隠れているのを見つける。


 恥ずかしがり屋なのかな?よし、せっかくだしこっちから話しかけてやろう。


「こんにちは!お名前なんていうの?」


「わわわっ!えと、あの……」


「ほられーくん、お名前は?」


「えと、なまえ、れーじ……」


 ほほうれーじか、多分れいじとかそんな感じだろう。となると漢字に起こしたら礼二とかになるのかな?


「れーじ!よろしくね!」


「ん……よろしく」


 雪の降る寒さ厳しいこの季節、母様に手を引かれ外へと出た今日が、これからとても長い間苦楽を共にする俺と礼二の初めての出会いだった。

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