幼児編
二つの時代
「それじゃあカンパーイ!」
「「「「「「カンパーイ!」」」」」」
そんな元気のいい複数人の声と共にカチャンとグラスのぶつかり合う音が、居酒屋の一室に響き渡り俺達のテンションをさらに上げる。
「いやー、良かった良かった。全員ちゃんと就職先が決まってほんと良かった」
「だから心配し過ぎなんスよセンセーは!上手くいくって俺言ってたっしょ?」
「アンタは言動が軽いのよ、生もう1杯!」
「ハイペース過ぎだ、もう少しペースを落とせ」
「そうだよぉ〜、酔ったりしたらぜぇ〜ったいダメなんだから〜」
「お前は絶対酒飲んじゃダメだけどな」
ガヤガヤと盛り上がるこの2年半苦楽を共にしたゼミの仲間達を見ながら、俺はちびちびとグラスに入った苦い物を飲む。
「よ、どーしたそんなしんみりとしてよ」
「いやなに、このメンツでこうやってどんちゃん騒ぎ出来るのも今日が最後だなぁって思ったらな」
「はっはっはっ!お前のガラじゃねぇな!」
「うっせぇ」
しんみりするキャラじゃねぇ事くらいわかってるっつーの。
「ま、そこは令和産まれの社会人1代目の俺らが見せつけてやろうぜ!俺達がすげぇーってことを昭和や平成のふりぃヤツらにさ!」
俺は高校から付き合いのあるそいつにそう言われると机の上に置いてあるスマホへと目を落とす、そこには2042年1月8日という日付が浮かんでいた。
「そうだな。確かにそうだけど、お前はもうちょい先輩とかを敬おうな?」
「はっはっはっ!そりゃ無理だ!」
「なにやってんのあんたらー!こっちに来なさーい!」
「たっ、助けて!しまるっ!首がぁぁぁぁ……」
あーあーあー、何やってんだあいつら。
「盛り上がってんなぁ……さってっと、ほら俺らも行こうぜ!」
「おう!」
俺はそう返事をし、手を引っ張られる形で仲間達の元へとちょっぴり苦い物の入ったグラスを片手に戻っていくのだった。
ーーーーーーーーーー
「それじゃあまた明日」
「おう、またなー」
俺は駅前で手を振る仲のいいゼミの女子にそう言って別れると、フラフラとした足取りでここから歩いて1分の今住んでいるアパートの部屋へと帰り始める。
「おぉ〜〜視界がぐにゃぐにゃするぅ〜」
これはいかん、飲みすぎた。家に着いたら水を飲んで寝よう。風呂は自殺行為だから今日は諦める。
「ただいまぁ〜」
シャチとイルカのキーホルダーのついた鍵を使い扉を開け、誰も居ない真っ暗な自分の部屋に俺はいつものようにそう言うと、水を飲もうと思っていた事も忘れそのまま布団へと倒れ込む。
「これからも…………あいつらと……一緒に………………」
そう柄にも無いことを言いながら、俺の意識は深い深い闇の中へと落ちていった。
そして目が覚めると視界には──────
知らない天井だ。
令和の今では珍しくなった木製の天井がぼやけて映っていた。
いや思わず平成のアニメの名言とまったく同じこと思ったけど、割とマジで本当に知らない天井なんだけど。
実家にもこんな部屋ないし、もしかして昨日帰る家間違えたか?
んでそのまま寝てしまって────────
あれ?俺とんでもなく失礼なことしてね?
昨日の酒のせいかハッキリとしない意識の中でそこまで考えた俺は、サーッと血の気が引くような思いと共に起き上がろうと手足に力を込めようとする。しかし────
あ、あれ?起き上がれない?というか力が入らない?
「ふあぁぁあぁうぅう!?《どういう事だ!?》あう?《え?》」
赤ん坊の鳴き声?いやでもこれは紛れも無く俺の──────
「あ!かかさま!ちよがめをさましました!」
「あら、ありがとう千保。お腹が減ったのでしょうか?」
「おぉうぅ!?」
でけぇ!
驚いた俺の発した自分のまるで「赤ん坊の泣き声」のような声を聞き、それから導き出される答えに俺はサーッと再び血の気が引きかけていたが、その時ぬっと出てきた大きな影に俺は再び驚いてしまう。
そして俺はそのままその大きい影にひょいっと持ち上げられ─────
ぽよん
あ、柔らかい…………じゃねぇ!
こ、これってあれか……?俗に言う………転生…つーやつじゃ………………と、とにかく何か、ナニカジョウホウヲサガサネバ。
ぽよんとした柔らかい物から気をそらすべく、目を必死に動かした俺は壁にカレンダーがかけられていることを目にする。
そしてそこにはデカデカと西暦が書いてあり……
西暦1960年!?それって平成より昔の……昭和!?
まて……まてよ…という事はなんだ…………あー、つまり俺は2042年に酒を飲んで家に帰ったら、次目が覚めた時には昭和の時代に赤ん坊になってタイムスリップした、と。
「どうしたのでしょう今度は黙り込んじゃって…………千保、ガラガラ持ってきてくれませんか?」
「はーい!ちこねーがらがらどこー?」
「おもちゃ箱じゃないのー?」
………………あ、ダメだ。俺絶対頭おかしくなってるわ。というかなんか眠気が…………
そんな会話を聴きながら、現状についていけなくなった俺はそのまますっと意識を手放し、再び闇の中へと沈んで行った。
こうして目の覚めた令和産まれだった俺は、昭和の時代へと赤ん坊として新たに生を受けたのだった。
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