6

 Aは、兄の体を地面に横たえると、立って、魔女に対峙した。

 魔女はAに言った。

「やっとくたばりましたか。生きる価値が無いものほど、往生際がわるい。その男のように、地を這って生きるものほど、死に際に、しぶとくねばるものなのです。どういうわけでしょうねえ? 迷惑な話ですよ。さっさと逝けばいいのに、抗い、がんばって、いまさら何を残そうとするのやら? 結果、あなたが手にすることになるのは、兄の借金の手形だけ。とんだお笑い草だ。ふっふっふ。ふははははっ! これが笑わないでいられますか」

 Aは魔女に言った。

「だまれ……。おまえに、兄を笑う権利などない。おまえだけじゃない。弟を守って死んだ、兄の生きざまを笑う権利がある者など、この世のどこにもいないんだ! ゆるさんぞ、おまえたち。ゆるしてなるものか! わたしはおまえたちを、一人残らず滅ぼして、兄がしたことに報いてやる!」

 魔女はAに言った。

「ふっ。笑止なこと。あなたの口から出るものは、わたくしの耳には響きません。誤解を招くといやなので、死にゆくあなたに言いましょう。その男が死ぬまで待ってやったのは、あなたへの慈悲などではありませんよ? 後ろから刺して殺したのでは、あなたの死にゆく顔が見られません。わたくしは、どうしてもそれが見たい! 絶望して死にゆくその顔が、どうしても見たい! わたくしはあなたのような、善人ぶった悪党が、大嫌いです! いいですか? ひと思いには逝かせませんよ? あなたはわたくしのしもべどもに、じわじわと八つ裂きにされます。それを見て悦に入ることが、わたくしにとって、この世で最も甘美な瞬間なのです! あなたがどんな顔をして死ぬか、考えただけでもぞくぞくする……。あなたも体のどこかが、ぞくぞくしてきたでしょう? 光栄に思いなさい。わたくしがあなたの最期を見取って差し上げるのですから。よろしいですね? さあ、しもべどもよ、この男を取り囲みなさい。そして、この男に斧を振り上げなさい!」

 むくろ兵はAを取り囲んだ。Aはこぶしを強く握って、必死に何かを念じた!

 しかし、何も起こらなかった。

 魔女はAに言った。

「やはり策はないようですね。野暮なファンタジーじゃないんですよ? 兄の死によって、あなたの中の獣の血が覚醒し、謎の力で一気にわたくしを討つなんて、超展開はありえません。そんなに簡単にいくものですか。あなたとわたくしのあいだには、天と地ほどの力の差がある。わたくしの力は、あなたが世間でのらくらしているあいだ、せっせと男どもをたぶらかしては、その生き血を飲み、その苦労の積み重ねで、わたくしが得るようになった、わたくしの努力の結晶です。一朝一夕に力など手に入りますか。それはすべての努力する者をあざわらうことです。あなたはわたくしの前になすすべなく滅びる。あなたは確実にいまここで死ぬ。あなたもそのことを予感している。予感しているからこそ、運命に抗おうとしているのです」

 Aは魔女に言った。

「運命か。たしかにわたしは、自分の運命に抗おうとしていたのかもしれん。わたしは自分の運命に抗ったが、結局はそれに巻き込まれた。ここで魔女であるおまえに殺されるのも、わたしが引き起こしたこと。わたしの咎の報いなのかもしれない」

 魔女はAに言った。

「どうやら観念したようですが、あなたはさとるのが遅すぎました。いまさらわたくしの前にひれ伏しても、もうゆるしては差し上げません。あなたもそれでよろしいですね? では、しもべどもよ。この男をじわじわいたぶって、八つ裂きにして差し上げなさい」

 魔女の合図で、むくろ兵がAめがけて斧を振り下ろそうとしたとき、突然! むくろ兵の体に火がつき、激しく燃え上がった! 

 その火は、周囲にいたむくろ兵たちにも飛び火し、激しく燃え上がり、むくろの一団はまたたくまに灰となった!

 魔女は驚いて叫んだ。

「いったいこれはどういうこと!? まさかこの男がしたことなのか……? いや、ちがう! この男はすべてをあきらめて目を閉じた。ならどういうわけで? 勝手にむくろの体が燃え出したとでもいうのか!」

 そのとき、荒野の向こうから、一人の老人と少女が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 魔女はその老人を見て言った。

「あの老人はまさか、……アザゼル!? そうか! この男はおそらく、アザゼルの……!!」

 魔女は親衛騎団の兵士たちに言った。

「兵よ! あそこから来る老人と少女を殺しなさい!」

 しかし、親衛騎団の兵士たちは、むくろ兵の無残な最期を見たので、魔女の命にそむき、その場に立ち尽くしていた。

「ひるむな! あんなよぼよぼの老人に何ができるか! 殺せ! あの若い女もろとも八つ裂きにしろ!」

 魔女は兵士たちに言ったが、その場を動く者はなかった。


 老人と少女が来た。それは、Aの祖父と妹であった。かれらは、ツイッターで拡散された情報を見て、Aが心配になって駆けつけてきたのである。

 老人と魔女が相対したとき、魔女は彼に向かって、長々と呪いの言葉を述べたが、それはあまりにも長いし、卑猥なので、省くことにする。簡単に言えば、老人は生きる価値がないとか、不適切なことを延々と言ったのである。

 最後に、魔女はこのように言った。

「……そうです。あなたは老いさらばえて力は衰え、かつての面影はありません。くわえて、さきほどわたくしのむくろの兵を焼いたとき、あなたは残っていたわずかな力を、ほとんど消費してしまったとみられる。もう立っているだけで、つらいといったところでしょう。そうです。わたくしの魔力をもってすれば、いまのあなたには勝てます! わたくしは、このようなこともあろうかと、まだ策を残しておいているのです。いでよ、むくろの大騎兵よ!」

 地中から、朽ちて人馬一体となった、むくろの騎馬兵が躍り出てきた。

「どうですか! いまのあなたに、この兵士たちを相手にする力が残っていますか? ありえません! この兵たちこそ、わたくしの最強の駒! わたくしの最愛のしもべにして、わたくしの最後の砦です! 見よ、老人よ! あなたは絶対に勝つことはできない。さあ、どうしますか? わたくしの前にひれふして、慈悲を請いますか? なんなら、時間を差し上げましょう。よくお考えになって。これはわたくしの慈悲です! いまのわたくしの魔力は、あなたの遥か上を行っています!」

 魔女が口をつぐんだのを見て、老人はようやく口を開いた。

「ほざくな、並の魔女ごときが。老いさらばえても、おまえの魔力など、わしの足元にも及ばん。おとなしく降伏するなら、おまえの命はとらず、おまえを現世から追放するだけでよしとしよう、……と、言うつもりで、事前にセリフまで考えてやってきてみれば、この有様はどうだ。おまえは、わしの孫の命をとった。残念だが、おまえはこれまでだ。わしは、おまえを滅ぼして、おまえを地獄に送ろう」

 アザゼルは言った。

「燃えよ」

 地上に、敵の数だけ火柱が立って、敵の体を激しく焼いた。

 むくろ騎兵のからだは、たちまちに灰となり、荒野には魔女の絶叫だけが響いた。

「ぎゃあああああああああああああああああ……!」

 アザゼルは言った。

「落ちよ」

 燃えゆく魔女の体は、地面に開いた深い闇に飲み込まれて消えた。

 あとには、荒野の静寂が残った。

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