4
敵の兵の数が五十を切ると、マーカスは陣を張り、Aの到着を待った。
やがて、そこにAがやって来ると、Aは陣の前に出て、魔女の軍と対峙した。
Aは言った。
「魔女である女よ、出てこい。出てきて、余と顔を合わせろ」
すると、魔女である女は、兵の前に出てきて、Aにこう言った。
「あなたはいつかの、わたくしにあめんどうをくれるのを惜しんだ、あのケチな男ではありませんか。わたくしに何かご用がおありですか? ことによると、わたくしをこんな寂しい丘に追いつめたのは、わたくしをよってたかって羽交い絞めにし、わたくしの着ている衣服をはぎとって、わたくしを辱めようという算段ではありませんか? そんな回りくどいことをしなくとも、わたくしは、それなりの対価さえいただければ、あなたと寝たでしょうに。こんな犯罪まがいなことをした対価は、あなたが思っている以上に、高くつきますよ?」
Aは魔女である女に言った。
「あなたは一を言えば、それを十にして返す、おしゃべりな女だ。あいにく、わたしはここにあなたとおしゃべりをするために来たのではない。わたしは、今日、魔女であるあなたを滅ぼしに来た。あなたがパロにしたことを、わたしは忘れていない。生涯、忘れることはないだろう」
魔女である女は言った。
「パロというのは、あなたと同じく、たった一粒のあめんどうすらわたしにくれるのを惜しんだ、あのケチな男のことですか? きょうび、仇討なんて、あなたも古風なことをなさいますのね。ふっ、とんだお笑い草です。よろしいですか? ケチな男は罪です。それだけでも、女であるわたくしの手によって滅ぼされてしかるべきだということが、あなたにはわからないのですか? そうです。愚かにも、わたくしの不興を買ったあのバカな男は、わたくしが仕掛けた罠にはまり、自宅で首をつって死んで、その魂は、いまもこの世のどこかをあてどなくさまよっていることでしょう。ケチでバカで愚かな男でした。死んで当然の男でした。だって、そんな男が、女であるわたくしにとって、何か価値がありますか? とびきりの美男子なら別ですが、金も地位も権力もない男に、すりよってくる女なんていません。わたくしなら、そんな男には、唾を吐いてさしあげるでしょう。もっとも、地べたをはい回ることを好む男とあらば、わたくしの吐いた唾を、床に積もった埃とともに、床がピカピカになるまで、舐めて飲むかもしれませんけれどもね。ことによると、あのケチでバカで愚かで女にもてないパロという男なら、そうしたかもしれません。あなたはそれについてどうお考えですか?」
Aは言った。
「黙れ。わたしは亡きパロの仇を討つものである。わたしは亡きパロのために、あなたを滅ぼそう。そして、あなたによって、ボロ雑巾のように捨てられた、あなたのかつての恋人であった兄の悲しみにも、わたしは報いよう。今日、わたしはあなたを滅ぼす。わたしは、わたしの命と引き換えにしても、今日、あなたは滅ぼさないではおかない。わたしの家名にかけても、わたしは、今日、魔女であるあなたを滅ぼすことをここに宣言しよう!」
魔女である女は言った。
「ふっ、何を言うかと思えば。あなたもけっこうなおしゃべりではないこと? 魔女であるわたくしを滅ぼすですって? ふっ、笑止。笑うべきこと。あなたのために、へそで茶を沸かして差し上げましょうか? いや、結構という顔つきですわね? ふっふっふっ。笑いが止まりません。あなたのようなおバカさんは、初めて見ましたわ? 魔女であるわたくしを滅ぼすですって? バカをおっしゃい。人間であるあなたに、魔女であるわたくしを滅ぼすなんてことが、できるわけないじゃありませんか。あなたがいましようとしていることは、本当に無益で、愚かなことです。わたくしには見えます。あなたの身体が、わたくしのしもべどもの手によって八つ裂きにされ、あなたの首が、広場の木の幹に吊るされ、ぶらぶらと揺れている様が。大勢の人が、あなたを笑うでしょう。愚かにも、出過ぎた真似をしたあなたは、魔女によって滅ぼされた。もろびとはわたくしの前にかしずき、恐れをなして言います。『善人は無力だ! 悪が支配する時代が来た!』と。
聞こえますか? あなたにはときの声が。わたくしのしもべどもが、あなたの愚かな追従者たちを、一人残らず抹殺し、勝ちどきをあげる声が。彼らは、血に飢えた獣のように、満月に向かって咆哮し、あなたの愚かな追従者たちの肉を焼き、それを喜び食いあさって、悦に入り、酒を飲んでそこらじゅうを踊りまわります! わたくしにはそれが見えます! さあ、手始めに、わたくしは目の前にいるあなたを滅ぼそう。それは赤子の手をひねるよりも簡単なことです。あなたはわたくしには絶対に勝てない。それはあなた自身が、誰よりもわかっていることです。それともあなたには、わたくしを倒すための、何か秘策でもおありなのですか?」
「秘策ならあるさ。これだ」
そのとき、Aがポケットから取り出したのは、見たところ、なんの変哲もないたまごだった。
魔女である女は言った。
「たまご? あの情報はデマではなったのですか? まさかあなたがたは本当に、そんなおもちゃみたいな武器で、わたくしを討とうとなさっていたのですか……。笑って差し上げたいところですが、あきれてものも言えません。子供の喧嘩じゃないのですよ? そんなものでわたくしを倒そうなんて、あなた。ばかを通り越して、もはや意味不明です」
しかし、Aは魔女である女の言葉に聞く耳を持たなかった。
「ゆくぞ」
Aは魔女である女に向かって、たまごを投げた。
魔女である女は言った。
「こんなもの、よけてさえしまえば。ああっ」
魔女である女は、たまごをよけようとしたが、そのとき突然地上に穴が開き、魔女はその中に吸い込まれて姿を消した。
Aは言った。
「これが余の秘術。『奈落へ通じる井戸』だ。やつはもうそこから、這い上がることはできぬ」
Aは部下のほうを向いて言った。
「余の作戦通りとはいえ、魔女である女にしては、あっけない幕切れであったな。これ、剣士マーカスよ」
「はっ」
「後処理をたのむぞ。余は一足先に、アジトに戻るであろう」
マーカスはAに聞いた。
「魔女の遺体は井戸から引き上げますか? それとも、このまま井戸の口に蓋をしますか?」
Aは答えて言った。
「マーカスよ、あれは普通の井戸ではない。異世界に通ずる穴だ。そなたとその部下は、あの井戸に絶対に近づいてはならぬ。井戸の淵を覗き込めば、あの井戸はそなたを異世界に引きずり込むであろう」
「異世界……ですか。そんなものがあるとは、知りませんでした。ですが、いくら荒野とはいえ、あのような物騒なものをそのままにしておくおつもりですか? わたしは反対です。迷子の子猫や犬などが、まちがって井戸に落ちたりしたら、どうするおつもりです」
Aはマーカスをなだめて言った。
「心配するな。役目を終えたらあの井戸は、自然と蓋を閉じよう。そなたとその部下は、残った敵の兵を捕虜にし、本隊に合流するのだ」
そう言って、Aがその場を立ち去ろうとしたときのことである。
突然、周囲の地面が激しく揺れ、井戸のあるあたりから、獣の咆哮のような、不気味な地響きがこだました。
つぎの瞬間、誰もがその場に釘付けになった!
そのとき井戸から出てきたのは、この世の誰も見たことがないような恐るべき生物だった。その生物を見て、その場にいた人たちは、敵味方の区別なく、一様に恐れおののいた。
魔女の親衛騎団の兵が言った。
「なんだ、あの怪物は! この世のものではないぞ!」
異世界の怪物にちがいなかった。頭に二本の巨大な角があり、三つの眼と、するどい牙をもつ口があった。たくましい体をおおう皮膚は、竜のようであり、長く太い尻尾は、大蛇のようである。
怪物は井戸の中に手を伸ばすと、中から魔女を助け出した。
魔女は身じまいを正すと、怪物に向かって、深くお辞儀をした。すると、その怪物は再び井戸の中に姿を消してしまった。
怪物が井戸に飛び込むと、井戸はその口を閉じた。
魔女である女はAに向かって言った。
「不意打ちなんて、卑怯じゃありませんこと? おかげで、わたくしの貴重なコネのひとつを、むざむざ消費するはめにはりました。さて、あなたとわたくしの、決闘の続きをするといたしましょうか?」
そのとき、女剣士バーカン・マーカスは、Aの額にうっすら汗がにじむのを見た。
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