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 満月が空の一番高いところにある頃、魔女である女が来て、玉座に付くと、サバトが開始された。

 まずは、「前座」である。簡単に言えば、余興であって、スピーカーから音楽が流され、魔女である女の手下の女や男が、よくわからない卑猥な踊りを踊り、群衆たちも、それを見て、踊った。

 すると、そこに作業服を着た奇妙な男たちが来た。

 サバトを警備する者が、やって来て、その男たちに聞いた。

「誰だ、おまえたちは! 見かけぬ顔だ。まさか、敵の手の者ではあるまいな?」

 作業服の男たちの一人が言った。

「いえいえ、滅相もない。わたくしたちは、業者のものです。なにやら秘密の余興とかで。ええ、お手伝いに参りました。ほら、あれをごらんください!」

 荒野のかなたより、ユキトの秘密の戦車部隊がこちらに向かって突撃してきた。戦車とっても、見たところただのトラックであるが。その荷台には、派手な衣装を着たセクシー・ダンサーたちがいた。彼女らは、ユキトが某所に高額のギャラを支払って雇ったダンサーたちである。

 それを見て、魔女である女は、周囲の者たちに言った。

「誰があんなもの準備させた? サバトだぞ? あれではまるでリオのカーニバルではないか!」

 トラックは、数代連なって、魔女たちの集団に近づき、これをかすめるように、地面に弧を描いて、集団から遠ざかっていこうとした。

 それを見て、業者に扮したユキトの秘密部隊員たちは、口々に言った。

「ほら、あのトラックを追って! 早い者勝ちですよ? 先に付いた者が、あの美女たちを自分のものにできます!」

 すると、それに呼応するかのように、群衆に紛れ込んだA軍団の搖動部隊がトラックに向けて駆けて行ったので、群衆の男たちも、彼らにつられて、荒地の向こうに遠ざかるトラック目がけて全力で駈け出して行った。

 魔女の軍勢は、これにより五百の兵を失った。

 魔女のもとには、それでもまだ、たくさんの群衆がとどまっていた。

 そこに、第二弾のトラックが到着した! 

 トラックに乗っているのは、先ほどよりも一段と過激な服装(それを服と呼べるとすれば)をしていた。彼女たちも、高額のギャラで雇われてきた人たちで、ここでは仮に、謎のポルノ女優集団とでも呼んでおこう。

 謎のポルノ女優を満載した数台のトラックは、今度も連なって荒野に弧を描き、魔女の集団から遠ざかって行こうとした。多くの魔女の兵士が、そのトラックのあとを追った。

 なお、トラックはその後、速度をあげて荒野を脱するので、金で雇われたダンサーが男どもの餌食になることはない。

 魔女の軍勢は、これにより二千の兵を失った。

 ユキトの秘密部隊の活躍により、魔女が失った兵は、合計で二千五百であった。

 ユキトが考えたこの奇計、このばかげた作戦は、驚くほど功を奏したと言える。しかし、冷静に考えれば、当然の話であった。

 サバトに集まった群衆は、その数は非常に多かったけれども、かれらは別にこの荒野にいくさをしに来たわけではない。言ってみれば、かれらはただのお色気目当ての烏合の衆であって、ただ卑猥なお祭りを楽しみたい人たちなのだから、目の前を裸の美女がとおれば、それを本能のまま追っていくに決まっているのである。

 むろん、魔女もただ黙って見ていたのではない。魔女はトラックを止めるよう兵に指示したが、トラックを止めにいった魔女の兵は、荒野にひそむA軍団の兵士たちによって、実力をもって排除された。

 A軍団の重要な任務の一つは、ユキトの戦車部隊を荒野の中央まで首尾よく通し、これを無事に帰還させることだったのである。


 ときに、謎のポルノ女優集団を追っていく群衆にまじって、かつてのAのしもべたちのかしらの一人であった男、ネオの姿も見えた。ネオは意気揚々とトラックを追って行った。

 ネオのかつての部下、ヨーゼフ・マルクスは、群衆の中にネオを見分けると、「かしら! かしら!」と大声を上げ、ネオを呼び止めようとした。

 ところが、ガルガンチュアがヨーゼフを呼び止めた。

「おい、待て! やつを追って行くな」

「どうして止めるんですか!」

 ヨーゼフが抗議すると、ガルガンチュアは言った。

「なにも見なかったことにしろ。ネオのことは、もうそっとしておいてやれ。それが武士の情けというものだ」

 ヨーゼフは言った。

「さようですか、軍団長どの。あなたが止まれと言うのであれば、止まりますが。しかし、こういうのは、武士の情けとは、ちがうんじゃないでしょうか?」

 ガルガンチュアは答えて言った。

「いいや、そうではない。聞け、ヨーゼフ。いま、やつを呼び止めて、裏切りを咎めるのは簡単なことだ。そんなことは馬鹿にだってできる。考えてもみよ。やつがわれらの前に立ったとき、われらに対して、いかなる申し開きができるか? そんなもの、できはせん。あれだけ痴態をさらしたあとでは、どんな言い訳も自分をみじめにするだけだからだ。おまえはあの男を見て、それを肌で感じなかったか? おまえは、かつてのかしらである男が、自分の前でへこへこ土下座をする姿が見たいか? 見たいのなら、行って、呼び止めてこい。だが、おまえがそうするなら、わたしはおまえを武士として軽蔑するだろう。よいか? ヨーゼフ。おまえがしようとしているのは、とてつもなく残酷なことだ。ネオはいまや敵の敗走兵だ。追ってどうする? おまえは、軍人として、勝ちが見えたいくさを好むか? 絶対に勝つとわかっているいくさを好むか? わたしに言わせれば、そんなものはいくさではない! それはただのいじめだ。わかるな? ヨーゼフ。おまえは、軍人として、武士として、弱者をいためつけるような真似をしてはならない。まるごしの相手には、刀を鞘におさめよ。それが武士というものだ」

 ヨーゼフはガルガンチュアに言った。

「はあ、軍団長どの。そういうものですか。しかし、かしらのあの様子は、まるごしというよりは、まるだしですな。うん、いろんな意味で。でも、なんかすごく楽しそうだし、かしらのあんないきいきした顔は、初めて見ましたよ。なんか、生きてるって感じで、とてもグッド!」

 ガルガンチュアは言った。

「ヨーゼフ。おまえのそのしゃれは、正直くすっときたけれども、戦場では私語をつつしめ! それにな、言わなくてもいいことは言わず、背中で語るのが、本物の軍人、それが武士ってものだ」

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