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 Aは、大学の空き教室に、パロの友人たちを集めて、会合を開いた。

 パロの友人たちの代表は、Aに言った。

「主よ、しもべたちは、主の友人で、わたしたちの友人でもあったパロに、たいへんな罪を犯しました。わたしたちは、自分たちが犯した罪のために、いつ主によって滅ぼされようかと、びくびくし、眠られぬ夜が続いて、このようにすっかり滅入っております。わたしたち、主のしもべどもは、パロに対し、恐るべき罪を犯しました。どうぞ、主の意の向くままに、わたしどもをお裁きください。わたしどもは、パロの友人でしたが、いまや主を前にして、愚かな罪びとにすぎません。わたしどもの処遇は、どうぞ、主の意の向くままに、決定なさってください」

 Aはパロの友人たちに言った。

「なんとおっしゃいます。パロの友人たちよ、どうぞ面を上げてください。まず、はっきり言っておきますが、わたしはあなたたちを滅ぼしたりはいたしません。どうしてわたしがあなたがた、パロの友人たちを滅ぼしたりするでしょうか? それは、そうすべき理由のないことです。そうです。たしかに、あなたたちは、パロに罪を犯しました。それは、決して褒められたことではありません。しかし、あなたたちは、悪意をもって、パロのことを憎んで、そうしたわけではありませんでした。わたしはそのことを知っています。わたしの部下の、ネオという男の有能な部下が、そのことを調べて、わたしに報告してきたからです。さあ、パロの友人たちよ。あなたがたは、真実をわたしに述べてください。あなたがたは、どうしてパロにあんなことをなさったのですか? さあ、あなたがたがパロに対して、あなたがたの罪なることを犯すに至った経緯を、わたしに述べてください。そうすることは、亡くなったパロの無念に報いるために、どうしても必要なことだとわたしは考えます」

 パロの友人たちの代表は言った。

「わかりました。主よ、ぜんぶお話ししましょう。ただし、時間もかぎられておりますので、できるだけ手短に、要点のみを主にお伝えしますことを、どうか寛大な心でおゆるしください。さて、あの日。あの日というのは、わたくしどもが最後にパロの姿を見かけた最後の日のことでございますが、あの日、午前の講義が終わり、午後の講義が始まるまでのとき、つまり、わたくしどもを含む、まじめな学生にとって自由な時間のとき、わたくしどもは、その時間に食堂で昼食をとろうと、連れ立って、講義棟の廊下を食堂のほうに向けて歩いておりました。そこに、わたくしどもにとって、見知らぬ女が、わたくしどものほうに歩みよってきて、わたくしどもにこのように言うのです。

『見なさい。あちらから、あなたたちの友人の男が、あなたたちのほうへ歩いてきます。どうしてあの男があなたたちの友人であるとわたしが知ったか? そんなことは、いまはどうでもいいことです。とにかく、よろしいですか? わたしは、あなたたちに、善意でご忠告申し上げるのです。その点を、まずあなたがたにはわかっていただかなければなりません。わたしは、あなたがたにとって、見ず知らずの女です。それを、わざわざ、あなたがたのために、あなたがた身の安全をおもんぱかって、あなたがたに善意でご忠告申し上げるのですから、あなたたちはこれからわたしが申し上げることをよく聞いて、わたしが言うとおりに、あなたたちは実行しなければなりません』」

 Aはパロの友人たちの代表に言った。

「ちょっと待ってください。その、あなたがたにとって、見ず知らずの女は、あなたがたに、『わたしは、あなたたちに、善意でご忠告申し上げる』と言ったのですね? 確かにそう言ったのですね?」

 パロの友人たちの代表は言った。

「はい。わたしどもにとって、見ず知らずの女は、確かにそう言いました」

 Aはパロの友人たちの代表に言った。

「わかりました。話の腰を折って、申し訳ありません。どうぞ、話を先に続けてください」

 パロの友人たちの代表は言った。

「はい、主よ。それでは、中断していたところから、話を先に続けますが、その女が言うには、

『あちらの廊下を見なさい。あちらからやってくるあの男を見なさい。あれは、あなたたちの友人とのことですが、あの男には用心なさい。わたしは、あなたたちに、いまから予言を授けます。いいですか? よく聞いて、心に留めてください。あちらからやってくる、あなたたちの友人は、いままさに、あなたたちを害するために、あなたたちのほうにやってくるでしょう。あなたたちは、あの男が差し出すものを、受け取ってはなりませんし、あの男が差し出すものに、触れてもなりません』。

 そのように言うので、わたしどもは不審に思って、その女に聞きました。

『あなたは、どうしてわたしどもの友人を悪く言うのか? あの人は、わたしどもの友人である。見ず知らずの人に、そのようなことを言われて、わたしどもがそれを信じるとでも思いますか?』

 すると、その女は次のように言いました。

『そうですね。見ず知らずの女から、そのようなことを言われて、信じるほうがおかしい。けれども、あなたがたは、わたしの言うことを信じなければなりません。さもなければ、おそろしいことが、あなたたちの身に起こるでしょう。わたしは善意から、あなたたちにこのように申し上げております。しかし、見ず知らずの女が、このようなことをいくら口を酸っぱくして言っても、あなたたちはわたしの言葉を信じようとしないでしょう。仮に、わたしがいまと同じことを三回繰り返して言っても、あなたたちは、わたしの言葉を信じますまい。仮に、わたしがいまと同じことを、口を酸っぱくして、三十回、三百回繰り返して言っても、あなたたちは、わたしの言葉を信じますまい。だから、わたしはいまからあなたたちに、予言を授けます。それを聞いて、わたしがいまから言うことが、事実その通りに、あなたたちの眼の前で成就したら、わたしが言うことを、あなたたちも信じずにはいられないでしょう。

 わたしがあなたたちに授ける予言というのは、こうです。いま、あちらのほうから、あなたたちのほうに歩み寄ってくる男は、あなたたちに声をかけてから、あなたたちに、おそらくはあなたたち一人ひとりに、ある物を渡そうとするでしょう。そのある物とは何であるか? それは、あなたたちには思いもよらないものです。それは、あの男の携える袋の中に入っている、あめんどうの実です。あなたたちは、あの男があなたたちに渡そうとする、そのあめんどうの実を、絶対にもらってはいけません。それどころか、あなたたちは、そのあめんどうの実に触れてもいけません。なぜなら、そのあめんどうの実には、あの恐るべき、VXが塗られているからです。VXとは、O-エチル=S-2-ジイソプロピルアミノエチル=メチルホスホノチオラートのことで、簡単に言えば、猛毒です。詳しく言えば、VXは、ちょっと手に触れただけでも、触れた者の命を奪うような、地上にある毒のなかで、最強にして最悪とされる、恐ろしい神経毒なのです。わたしは確かな情報筋から、その情報を得ました。

 見ず知らずの女から、急にこんなことを言われても、あなたがたは、ただ面食らうだけでしょうが、事は、あなたがたの命に係わることなのですから、あなたがたは、どうか冷静におなりになって、冷静な頭で、わたしがいま言ったことをご理解ください。ところで、あなたがたは、仮にわたしの話が真実だとしても、どうしてあなたがたの友人であるあの男が、どうしてあなたがた友人に対して、そのようなとんでもないことをするのかと、奇妙に思うでしょう。それについても、わたしは確かな情報筋から、情報得ましたから、あなたがたにお伝えしておきましょう。あの男が、あなたがたに、そのようなとんでもないことをする理由は、こうです。それはいまから数えて六日前のことです。あの男は、ひとりの女に、ひそかに胸に抱いている思いを打ち明けて、ふられてしまいました。あの男は、周囲のだれに漏らさず、打ち明けず、ひそかに自分の胸にだけ抱き、育て続けてきた思いを、その女に打ち明けて、むざむざとふられてしまったのです。そして、彼は、自暴自棄になりました。彼は、自分の運命を呪いました。どうして自分だけが、暗い不幸の海の底に沈まなければならないのか! おそらく彼は、そう思ったことでしょう。彼は自分を呪い、世間を憎みました。本来はそうすべき理由のないことですが、彼は、自分への呪いを、罪のない、世間のひとたちに向けたのです! そして、最終的には、彼の呪いは、本来、彼が愛し、また彼を愛してくれるはずの、彼の友人たちに向かいました。そうです。いままさに、わたしがこうして面と向かっている、あなたがたに向かったのです。いえ、正確には、いままさに、あなたがたに向かおうとしているところなのです!

 彼は本来、向けるべきでない相手に、毒牙の矛先を向けようとしています。わたしはそれを知って、いてもたってもいられませんでした。だって、考えてもごらんなさい。わたしのせいで……。いえ、それはわたしのせいとは言えないとあなたがたは言うかもしれません。ああ、わたしは混乱しています! わたしは、いま言うべきでないことを言ってしまいました! あなたがたには、わたしが何を言っているのか、まったく分からないことでしょう。わたしは、混乱しているからです。あなたがたに、いままさに身の危険が及んでいることを知って、わたしは完全に取り乱してしまって、冷静に、物事を順序立てて話す能力を失いつつあるのです。よろしいですか? ああ、もう彼が来ます! わたしたちには、もう時間がありません。わたしは大急ぎで、あなたたちに言うべきことを、言ってしまいましょう!

 あなたたちは、たぶんいま、このような疑問を抱いているはずです。あの人が、密かに恋心を懐いていた女にふられたということが、仮に事実だったとしても、どうして、わたしのような見ず知らずの女が、そのことを知っているのか? いえ、もうおわかりでしょう。その女とは、実はわたしのことなのです! ああ、彼は、いまこちらに、あなたがたのほうに歩いてくるあの男は、わたしにふられた腹いせに、あなたがた、愛すべき友人たちを滅ぼし、またそのあとで、自分自身も滅ぼさんとする心づもりで、いままさに、こちらにいるあなたがたのほうに、歩み寄ってきています! 彼は、もうすぐそこまで来ています! よろしいですか? 彼があなたがたに差し出すあめんどうを、あなたがかたは絶対に受け取ってはなりません。受け取ってはならないだけでなく、あなたがたはそれに指一本触れてもなりません。そのあめんどうには、あなたがたを滅ぼすための猛毒が塗られているからです! あなたがたは、絶対にそれに触れてはならない! ああ、彼が来ました! どうか、落ち着いてください。わたしがいま言ったことを忘れずに、あなたたちが取るべき行動を取ってください。身の安全を最優先に考えてください。ああ、どうか、主よ! この罪なきものたちを、毒牙のナイフからお救いくださいませ……!』

 そう言って、その女は、その場から逃げるように去って行ったのです。そのあと、わたしどもは……」

 パロの友人たちの代表は、そこで言葉を濁した。

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