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 Aは、Aのしもべたちとともに、パロの下宿に来て、パロがかつて暮らした部屋を見た。

 Aは、ひととおり部屋を見渡すと、目を閉じて言った。

「おまえたちには、わからないのか? おまえたちの眼の前にあるものを見て、まだパロが死んだわけがわからないのか? よし、わがしもべたちよ。余がいまからすることを、よく見ていなさい」

 Aは、中にあめんどうがつまった袋を、部屋の隅からとって、それを部屋の中央に持ってきた。部屋の中央には、中にあめんどうがつまった箱が置かれていた。それは、パロの母が、息子のためを思って、中にあめんどうをいっぱいにつめて、飛脚で送ってきた箱であった。

 Aは、袋の中のあめんどうを、袋から出して、ぜんぶ箱の中に入れた。

 Aは、しもべたちに言った。

「おまえたちの眼には、パロの何が見える?」

 ユキトが、しもべたちを代表して言った。

「主よ、しもべの眼には、パロのあめんどうが入った箱が見えます」

 Aは、しもべたちに言った。

「箱の中のあめんどうは、どれくらいあるか? パロの母上は、箱の中に隙間なくあめんどうをつめて、息子であるパロに送ったようである。いま、箱の中のあめんどうは、パロがその中からとったぶんだけ、減っているはずである。しもべよ、よく見て、答えなさい。箱から減ったぶんのあめんどうは、せいぜい両手いっぱいのあめんどうか? それとも、両手いっぱいの二倍、あるいは三倍、あるいは四倍のあめんどうか?」

 ユキトが、しもべたちを代表して言った。

「主よ、減ったぶんのあめんどうは、両手いっぱいの二倍、あるいは三倍、あるいは四倍ではなく、せいぜい両手いっぱいのあめんどうです!」

 Aは、せいぜい両手いっぱいのぶんが減ったパロのあめんどうの前で、声をあげて泣いた。そして、言った。

「見よ! わたしのほかには、誰もパロの手から受けなかったのである。わたしのほかには、パロの友人も、知人も、その他の人も、誰もパロの手から、あめんどうを受けようとしなかったのだ!」

 そう言って、Aはまた声をあげて泣いた。

 ひとしきり泣くと、Aは落ち着いて、威厳を整えた。そして、Aはしもべたちに聞いた。

「パロがどういう思いで、余にあめんどうを授けたか、あなたたちにはわかるか?」

 ネオが答えて言った。

「主は、パロより友情のしるしとしてこれを授かったと、わたしたちは主よりお聞きしました」

 Aはうなずいて言った。

「そうだ。余は、パロより友情のしるしとして、あめんどうを授かった。だが、パロが余にあめんどうを授けたのは、それだけが理由ではあるまい。パロは、友人である余に、実家で採れたよきあめんどうの実を、食べて口によいものとして、食べて楽しむために、これを送ったのである。彼がそれを食べて楽しんだように、友人にもそれを食べて楽しんでもらいたくて、このあめんどうを余にプレゼントした。パロが余にあめんどうをプレゼントした理由は、すぐれて善良なものである。そう余は信ずる。そして、あなたたちに問う。パロがこれを余にプレゼントした理由は、善良でありやなしやと」

「然りです、主よ」

 Aの三人のしもべは、口々にAに同意した。

 Aはしもべたちに言った。

「パロの善良なるプレゼントを、拒絶した者たちがいるのだ。それは、パロの周囲にいた、パロの友人たちである。そのようなことをする輩は、友人の名に値するか? あの人たちは、パロにとって、真の友人であったか? パロが友情のしるしとして、また、パロが食べて口によいものとして、食べて楽しむために、送ったところの善意の産物を、パロの周囲の人たちは、背を向けて、足で踏みにじるようなことをしたのである。そう余は確信する。そして、あなたたちに問う。あの人たちは、パロの真の友人でありやなしやと」

「否です、主よ!」

 Aの三人のしもべが涙して、首を横に振ったのを見て、Aもパロのあめんどうの箱の前で、膝をついて泣いた。

 Aがはげしく嘆き悲しむのを見て、三人のしもべはAに向かって言った。

「パロの周囲にいた、パロの友人と名乗る者を滅ぼしましょう! かれらは人の善意を踏みにじる者たちです。かれらは、パロの死に責めを負わなければなりません。かれらがパロを裏切らなければ、パロは死ななかったのですから」

 三人はそう言ってAに迫ったが、Aは、パロの友人たちを滅ぼすことを、しもべたちに許可しなかった。

 Aは彼らに向かって言った。

「待て。はやまってはならぬ。あなたたちの言うように、パロの周囲にいた友人たちが、パロの善意に背を向け、そうすることで、パロを裏切ったのは事実である。しかし、それには、余がまだ知らぬ、何か特別な事情があったのやもしれぬ。余は見たのだ。余はあのとき見たのだ! パロの墓の前で、余とともに、パロのために泣いた、パロの友人たちの流す涙を! それは、パロを裏切って死に至らしめた、かれらの後悔から発するところの、慙愧の涙であったか? いや、余はそうは思わない。かれらが本当にパロの敵であり、パロに悪心を懐いて、パロを破滅させようとしていたのなら、わざわざ列車に乗って、遠くパロの故郷にある、パロの墓に出向いて、その前で声をあげて泣いたりするだろうか? 余はそうは思わぬ。余は納得できぬ。そのわけがわかるまでは、余は汝らに、パロの友人たちを滅ぼすことを許可しないであろう」

 そのとき、彼らがいたパロの下宿に、ネオの配下の男が現れて、Aにこのように言った。

「おお、わが主よ! お聞きください。わたしたちはついに突き止めました。誰がパロ殿下を殺害したのか、わたしたちはついにその犯人を突き止めたのです!」

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