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 Aが女のもとを去ってから、いよいよAの自由な時間が残り少なくなってきていたので、Aは食堂で昼食をとるのをあきらめて、自販機で缶コーヒーを買って、それから喫煙所に入り、そこで紙巻きたばこを吸った。

 ところで、その喫煙所には一人の男があって、その男はAと面識はなかった。

 だしぬけに、その男はAに言った。

「あなたの持っている紙巻きたばこを、一つわたしにください」

 Aはその男に、持っていた紙巻きたばこをぜんぶやった。というのは、その紙巻きたばこは、コンビニに新製品として出ていたもので、Aはそれを試しに買ったが、Aはそれをまったく気に入らなかったので、どのみち吸わずに捨ててしまおうと考えていたからである。

 ところで、Aがその男に、持っていた紙巻きたばこをぜんぶやると、見よ、その男は、Aの見ている前で、その紙巻きたばこをぜんぶゴミ箱に捨ててしまった。

 Aはその男がしたことに驚いて、その男に言った。

「あなたはなんということをするのか!」

 その男は言った。

「あなたも見ていなかったか? わたしはそれを捨てた。そのわけは、こうだ。わたしはそれがまったく気に入らなかったから、わたしはそれを捨てたのである」

 Aはその男に言った。

「いや、あなたは、わたしからもらった紙巻きたばこから一本も火を付けずに、それを捨てたではないか。あなたはそれをただの一本も吸うことなく、どうしてそれがあなたの気に入らないと知ったのか?」

 その男は言った。

「わたしがそれをただの一本も吸うことなく、気に入らないと知ったわけは、こうだ。わたしはもともとそれが気に入らなかったのである」

「それでは、あなたはそれを捨てるために、わたしにそれを請い求めたというのか?」

「そうだ」

「あなたがしていることは異常だ! ひどくわけのわからないことをしている。あなたはわたしに何かうらみでもあるのか?」

 その男は言った。

「あなた個人にうらみがあるわけではない。わたしは、紙巻きたばこを含む、すべてのたばこと、それを吸うものをひどく嫌っているだけだ」

「ますます異常だ! あなたはたばこをひどく嫌っているのに、どうして喫煙所などに出向いてきて、ここに居座っているのか? 思えば、あなたはわたしがここに来る前からここにいて、わたしがたばこを吸っているあいだも、あなたはたばこを吸わずに、スマホばかりいじっていた。そして、わたしのたばこの煙があなたのほうに行くと、あなたは嫌そうに顔をしかめた。煙があなたのほうにいくのが嫌なら、あなたはなぜ喫煙所などに出向いてきたのか? あなたは煙たい顔がしたくて、わざわざ煙たいところにでむいてきたのか?」

「そうだ」

「それのみならず、あなたはあわよくばたばこを吸うものからたばこを没収し、それを足で踏みつけるような真似をするために、わざわざ煙たいところにでむいてきたのか?」

「そうだ」

 その男はこう続けた。

「わたしはたばこを呪う。たばこの煙を呪う。たばこを吸うものを呪う。たばこは、人間にとって、とりわけそれを吸わない者たちにとって、害をなすものだ。わたしは、わたしが住むこの善良な世界から、たばこを根絶したい。たばこの煙を根絶したい。たばこを吸うものを根絶したい。それらは、わたしが住むこの善良な世界から、根絶されるべきものだからである」

 Aはその男に言った。

「呪われよ、善良な男よ。あなたのやり方は、まちがっている。あなたのすることの意図が、仮に善良だったとしても、やり方をまちがえば、あなたのすることは、害悪でしかないのだ。それは、あなたのとがとなり、あなたはその咎の責めを、自分の身に引き受けなければならない。そして、そのうえで、わたしはあなたに問う。あなたの意図は、善良でありやなしやと。あなたはわたしのささやかな施しを、その汚い足で踏みにじった。あなたはわたしの善意を踏みにじるために、ここに来た。わたしのみならず、たばこを吸いたくても吸えない貧しい人たちに、同胞として、ささやかな施しを送る心の用意のあるすべての人たちの善意を踏みにじるために、ここにやって来たのだ。それを悪魔の所業であると言わずして、なんと言おうか。あなたは善人の面をかぶった魔者だ」

 Aは続けて言った。

「呪われよ、偽善者よ。人の善意を踏みにじることを悦び、浅はかな大義名分を盾にして、真の善良なる人たちにまぎれて悪を行う、心貧しき男よ。あわれ。あなたは、獣ですらない。あなたは、獣以下だ。あなたは、すべての獣たちの手下、地を這うものたちから出た、忌むべき半妖である。この人間の面汚しめ。わたしは、あなたたちを滅ぼそう。たとえ何年かかっても、何十年、何百年かかったとしても、わたしはあなたたちを人間のうちから滅ぼさないでおかないだろう」

 Aがそう言うと、その男はAの前に平伏したので、Aは黙ってその男のもとを去った。

 ところで、それから七日後に、パロが死んだ。

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