第二章 パロのあめんどう

1

 それから、半年たった。

 Aの妹は、Aの母親の実家で暮らして、彼女が学校の教師としたふしだらなことについて、ほとぼりが冷めるのを待っていた。

 あるとき、Aの妹は言った。

「よし、わたしは街に行こう。母の実家で、じっとほとぼりが冷めるのを待っているだけの生活は、わたしにはつらい」

 Aの妹は、夕暮れ時、街に出て行って、賑やかなところをうろうろした。

 すると、ひとりの男が彼女に声をかけてきた。

「さあ、あなたはわたしと行こう」

 Aの妹は、その男について行って、ホテルでその男と寝た。

 ことが終ると、その男は寝台の上でAの妹に言った。

「わたしは、あなたの顔と、あなたの下の名前に覚えがあります。わたしは以前、あなたとお会いしたことがありますか?」

 Aの妹は言った。

「いいえ、わたしはあなたと今日、初めて出会いました」

 その男は言った。

「そうですか。わたしもあなたと同じように思います。しかし、わたしは、あなたの顔と、あなたの下の名前に覚えがあります。もしかして、あなたは、学校の教師と金をとって寝た、あの女ではありませんか? わたしは、その女の顔と名前を見ました。その女の住んでいるところも見ました。それらの情報は、ツイッターで拡散されていたからです」

 その男の問いかけに、Aの妹は何も答えなかった。

 その男は言った。

「わたしの質問は、ことによると、あなたにとても失礼だったかもしれません。あなたは、あの淫売女とは、名字も、住んでいるところもちがうし、なにより、あなたは淫売ではありません。なぜなら、あなたはわたしと寝るのに、金をとらなかったからです」

 Aの妹は言った。

「あなたとはもうこれっきりです。二度とわたしに近づかないでください。わたしのことを街で見かけても、そっとしておいてください。後生ですから」

 Aの妹は、その男のもとを去って、ひとりになって泣いた。

 Aの妹は言った。

「ああ、世間はまだ、わたしの顔と名前を憶えている! 世間はいつになったら、わたしの顔と名前と、あの教師とのことを忘れてくれるだろう!」

 Aの妹は、家に帰って、祖母に自分の不安を打ち明けた。

「おばあさま、わたしは死にたい。しかし、わたしは死ぬべき罪を犯したでしょうか?」

 祖母はAの妹に言った。

「死にたいだなんて言わないでください。その言葉を聞くと、わたしは悲しい。わたしのかわいい孫よ、わたしに話でごらん。あなたは、いったいどういうわけで、死にたいだなんて思うのですか?」

 Aの妹は答えて言った。

「わたしが死にたいと思うわけは、あの呪うべき教師とのことで、世間がわたしを責めるからです」

 祖母はAの妹言った。

「あなたがしたことは、たしかに罪なことですが、死ぬべき罪には当たりません。だから、あなたは死のうなどと思わないでください。まちがっても、それを実行しないでください。世間は、自業自得などと言って、あなたの罪を責めるでしょう。しかし、世間が、必要以上にあなたにこだわって、あなたの罪を責めるとすれば、それは世間の罪です。それによって、呪われるべきは、世間のほうでしょう。だから、いいですか? わたしのかわいい孫よ。あなたは、世間の呪いまでかぶる必要はありません。だから、あなたは死のうなどと思わないでください。まちがっても、それを実行しないでください」

 Aの妹は祖母に言った。

「わかりました。わたしはまちがっても、それを実行しないと約束します。けれども、このままでは埒があきません。わたしはどうしたらよいでしょうか? おばあさま、わたしに年寄りの知恵を貸してください。世間はまだ、わたしとあの教師のことを覚えています。あれからずいぶんたったのに、世間はまだそのことを覚えています。いつまでたっても、世間はそのことを忘れないでしょう。わたしと教師とのことは、ツイッターで拡散されてしまったからです」

 祖母は言った。

「世間がそのことを覚えているのは、まだ時が浅いからです。あなたはずいぶんたったと言うが、それは、じっと待つときは長く感じるものだからです。人が噂しなくなってからも、しばらくは、世間はあなたのことを記憶します。何かきっかけがあれば、世間は思い出すことができるからです。あなたは、当分の間、この家でおとなしくして、ほとぼりが冷めるのを待ちなさい。街に出て行くのは、しばらくがまんなさい。あなたがいま、似たような事件を起こせば、それだけ世間があなたのことを忘れるのが遅くなるでしょう」

 Aの妹は言った。

「わかりました。もう街に行くのはやめます。わたしは、おばあさまの言いつけを守って、当分の間、この家でじっとして、ほとぼりが冷めるのを待ちます」

 そう言って、Aの妹は祖母の前に平伏した。

 Aの祖母は言った。

「しばらく見ないうちに、あなたも立派なレディになりましたね。あなたはもう大人です。今日からは、自分のことを『わたし』ではなく、『わたくし』と言うようになさい。そうすれば、あなたはもっと素敵なレディになれます」

 Aの妹は言った。

「わかりました。きっとそうします、おばあさま!」

 そう言って、Aの妹は祖母のもとを去った。


 次の日の昼過ぎ、Aの祖母は、昨日孫から打ち明けられた話を、彼女の夫にひそかに伝え聞かせた。

 Aの祖母はそれを語り終えてから、彼女の夫に言った。

「わたしは孫のことを不憫に思います。あなたはどうお考えですか?」

 彼女の夫、Aの祖父は激怒して言った。

「世間は、わしのかわいい孫に、なんとひどい仕打ちをするのか! かれらはさばく者ではないのに、人をさばこうとしている。出過ぎたまねだ。よし、わしは行って、世間の人々のうち、孫にひどい仕打ちをした者たちを滅ぼして、地獄に落とそう」

 Aの祖父は、立ち、行って、その者たちを滅ぼし、地獄に落としたので、これ以後、世間の人々のうちに、Aの妹を過度に悪く言う者はいなくなった。

 ただし、ネット上にかれらが書いた記録は残った。それは、今日、わたしたちが見るとおりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る