アンダーグラウンド・ピザハウス
@goazmatic
第1話
「おはようございます〜!」
ナナさんが元気に挨拶をしながらタイムカードを押す、そして水本店長が「おっす」と軽く手を挙げつつ陰気な顔で競馬新聞を読みふけっている。
そんな対比的な光景もここに来て半月も経てばもはや慣れたものだ。
僕が来たのは今より30分前、しかも電車が遅れていて遅刻してしまってそれだ。今日もナナさんの遅刻癖はいつも通りらしい。まあとりあえずナナさんより遅くに来るスタッフはなかなかいないから、どうやら今日のシフトは水本さんとナナさんと僕のようだ。残念ながら今日もうちのこの少人数体制は変わらない。とはいえ注文が少ないうちの店では十分なのかもしれないが。
ここは新宿歌舞伎町の廃れたビルの地下1階。店名「ピザハウス・アンダー」。夜中限定で営業している歌舞伎町内限定のピザ屋だ。名前の由来を聞いたこともあるが地下にあるピザ屋だからだというだけの理由らしい。僕だったらもっと、こう……外国人客を狙ってかっこいい感じのピザハウス・Kabukiとか、女性も注文しやすいようにピザ・あんだぁとか……もっとこう……あるだろう。そんな空想をしていると、プルルルル、と携帯の着信音が鳴る。注文の電話だ。それまで競馬新聞と睨めっこしていた水本店長が素早い手つきでスマホを取り、
「はい、こちらアンダー。今回のご注文は?」
店長は基本仕事はしてくれないが電話受付だけはプロだ。謎だ。
「はい、はい、かしこまりました、20分以内に届けさせますんで」
店長はそう言い仰々しく電話を切る、そしてナナさんと僕の方を向くと来た時と同じ陰気な感じで指示をする。
「ルッコラピザ3枚にキヌアサラダ5つ、あとコーラのデカボトルね。配達はナナちゃん、用意はバイト君、場所はいつもの並木ビルの3階で。」
するとナナさんは元気に
「りょうかいです!」と元気に答えガレージにバイクの調子を見にいくために階段にかけて行く。
僕も「かしこまりましたー」と若干眠気の混じった声で応対する。
とはいえうちのピザ屋は注文があればラッキーだ、なにしろ6時間も来るかわからない電話を待つよりピザを作ったり配達している方が眠くならない。基本的にこの時間のシフトは2人か3人なので配達を1人が受け持つと残りのピザの調理は1.2人だ。注文が来ない時間が大半とはいえ、注文が来ると少人数で団体向けのピザのトッピングをするのは慣れないうちは相当苦労したものだ。
厨房に入り冷蔵庫に保存されている大きめのサイズのピザ生地を取り出す。
そこにチーズをのせケチャップを乗せもう一回チーズを重ね、その層になった上にバジルソースをかけて、仕上げにこのピザ用のサラミとルッコラをババババっと並べれば完成だ。
あとはこれを持ち運ぶためのトレーに乗せて、ピザ窯にイン!
よし、1枚終わった。少し待機部屋の方を覗いたものの、そこでは水本さんが依然競馬新聞を読んでいた。おそらくナナさんはまだ地上階で配達用のユニフォームに着替えているのだろう。
そのまま残りのピザのトッピングを行い、同様にピザ窯に入れる。生地は焼きやすいように仕込まれているため、5分程度で焼きあがるのだ。
このまま隙間時間に冷蔵庫を開けレタスとわさび菜とトマト、あとはキヌア?だったかな?を取り出して盛り付ける。これはピザと違ってまず業務用ボウルに丸ごと作ればそこから取り分けるだけでよい。
そして大きめの灰色の魔法瓶に入ったデカボトルコーラを持って、専用のクーラーバッグにひとまずコーラとサラダを詰める。そしてピザ窯のもとにいくとピザが焼きあがっていたのでこちらも専用の保温バッグに詰める。待合室に戻るとちょうどナナさんも準備が終わったようでこちらの方を向いて待っていた。ユニフォームといっても普通のピザ屋のような型にハマったやつではない。あの店長を見れば誰もがわかってくれると思う。可愛いモデルのようなオシャレな今時の服に、頭には白い大きなリボン。単に店長が趣味で着せているような気もするが、口を出すのは避けている。この店がこんなに適当でもギリギリ成り立っているのはナナさん達の可愛さなのだろうから。
「バイト君、ありがと〜 じゃ、店長、行って〜来ます!」
「おう」
店長がナナさんの方も向かず答える。ナナさんはそんな店長の態度も全く気にしていないようで、笑顔で配達先に向かっていった。
あんなに可愛くて仕事もこなすナナさんはもはや無敵にも思えるが、残念ながら彼女はかなりの方向音痴だ。さらに言ってしまえばうちのスタッフはみんな方向音痴で寄り道好きだから一度配達に行ったらそのあとにタピオカ屋にでも酔っているのだろうか、戻ってくるのは2.3時間後だったりする。まあこんな店長の元に集まる人達なのだから、みんなそれくらい適当にもなるものだよな、というのもあるが、店長が言うにはクレームが来たことはないらしい。なら良いのだろうか……?ひとまず僕は、競馬新聞に飽きてパソコンで仮想通貨の相場情報を見始めた店長を観察して暇をつぶすことにした。
そうして1時間も経っただろうか、店長の携帯にもう1件電話が来た。店長にしては随分長いこと注文を聞いた上で、いつも通り恭しく電話を切る。
「あー、バイト君、君配達初めてだっけ?」
「そうですね、ずっと見習いだったので」
「よし、じゃあ今日から君は一人前の配達員だ。
ということで並木ビルの3階にピザ3枚とコーラ一本追加。
ナナ君帰ってきてないから作るのも君な」
「はぁ……わかりました」
ナナさんが道草しているせいで僕の仕事量が勝手に2倍になっているのには釈然としないが、一人前だと言われたのは悪い気はしない。
幸いさっきと注文されたメニューは一緒だったので準備にはあまり時間は取られなかった。
配達用のバッグにピザ達を詰め込み、いざ地上へ、と思ったが1つ疑問が。
「店長?そういえば僕の分のユニフォームってあるんですか?」
「あー、まだ無いなぁ まあうちの店名出せば向こうも届いたってわかるでしょ、いいよそのままの服で」
「了解です」
なんていい加減な、まあ今に始まったことで無いのは重々承知だが。そう思いつつ地上階に出て初めて入るガレージへ。奥の着替え室などには今は興味はない。ガレージに1つ残されたバイクにまたがり、久々の感触を確かめる。
うん、バイトの面接前に必死に練習した時以来だけれどまあいけるだろう
そう思いアクセルを踏み込み夜の歌舞伎町へと発信させる。
並木ビルの3階というのは松中組の事務所だ。もちろん表立ってそう書いてあるわけではなく看板には建築会社としての名前が書いてあるが、ここが彼らの事務所であることはもはや歌舞伎町では公然の秘密だ。そして彼らはうちのピザ屋のお得意様でもある。暴力団とピザというのは始めに聞いた時はミスマッチにも思えたが、彼らもきっとある意味では集まって騒ぐことが好きな人種だということだろう。きっと今日渋谷の路上でハロウィンを楽しむ若者と常に群れている暴力団員の方達は見た目は違えど内面はかなり近いのだ。
ちょっとだけアメコミヒーローの仮装をした組員の人が出てくるのではないかと期待しながら扉を叩き、
「ピザハウス・アンダーグラウンドです。追加のピザのお届けです〜」
と告げる。
すると少し間があった後にカチャリ、と鍵が外れる音がして優しそうなサラリーマン風の長身の男性が顔を出す。
「おう、よく来たな。ほんじゃま、中に置いてってくれや。お前さん新入りだよな?代金は先に支払ってるから気にすんな」
サラリーマン風はサラリーマン風でも中身はしっかり暴力団員のようだ、当初優しそうだと思ったのを修正する。
「おい?聞こえてんのかぁ?」
そんな風に彼に急かされ、言われるがままに中に入る。すると中はドラマとかで見るようなイメージとは違い案外清潔なようだ。しかし、その清潔さとは対照的にここがアンダーグラウンドであることを示そうというのか、耳をすますと奥の部屋から嬌声が聞こえてくる。金・暴力・性というアンダーグラウンド世界の基本条項はこの暴力団取締条例下でも変わっていないらしい。でもそんな彼らもうちのピザハウス・アンダーの大事な太客様だ。深入りはしないほうがいいだろう。
「おう、とりあえずそっちの奥の机に置いてくれや」
そう言われ持ってきた店のバッグを置こうとすると、不意に意識が反転する。何があったのかもわからぬまま、僕は目を開けることなく気を失った。
何か痛みを感じ、眼を覚ます。ただしその痛みは怪我をしたはずの頭、だけではないような気がした。そして、僕の目の前には強張った顔立ちをした屈強な男がいた。身動きは取れないが眼球を少し動かすと僕の右には僕の応対をしていた組員に覆い被さられている大きな白いリボンをつけたモデル風の女性。
大丈夫ですか。そんな問いをしようとする前に目の前の男が話しかけてくる。
「よう僕ちゃんお目覚めかい、ちょうど飽きてきたところだったんで君の声を聞きたかったんだよな、オラァ!」
そう言う男が体を前に突き出す。そうするとまた僕の痛みが強くなった。
何が起きているのかよくわからない。
しかしまた眼球を動かし、自分の元を見れば見えたのは僕の胸で、なぜか服を着ていなかった。
そして、一度意識を動かせば目の前の男もズボンを着ておらず、彼の下半身は僕に向けて打ち付けられていた。
「うっ」
痛みと現状の二つを理解したことで一気に吐き気が出てきて、えづいてしまう。しかし、目の前の男はそれを喜ぶかのように、より動きを早くし、痛みつけてくる。
「おいおい、もっと泣いてくれよ?なんなら反撃しようとしてみてもいいぞ?まあヤクを初めてキメたばっかのその体じゃ無理だろうがな」
男は笑顔で話しかけてくるが、あいにく彼の話は頭に入ってこなかった。そして思考回路が回る前に彼はどんどん勢いを早めていく。
そうして弄ばれてどれだけ時間が経ったのかわからない、意識が薄れていくたび男に顔をぶたれて起こされる。
もう無理だ、そう思ったが薄れゆく意識の中で火事場の馬鹿力というやつだろうか、ポケットの中にスマホが入っていることを急に思い出す。
「お前……警察に……捕まるからな……」
最後に力を振り絞り僕は手探りで携帯の着信履歴から店長の電話にコールした。彼女の色々なことは信頼できないが電話の腕だけは確かだ、きっとすぐに通報して助けを呼んでくれるんだ……
「あ?」
電話のコールに男が気づく。しかしもう遅いのだ。男は一瞬怒りの塊のような顔になったが、なぜか急に元の気持ち悪い笑みに戻る。
「なあ、あそこは葉っぱと女と、少年を売ってくれるピザ屋をミノにしたアンダーグラウンドショップ。お前は葉っぱサラダだけじゃなく、お前本人の体も運んでくれる便利な運び屋として仕事してたんだぜ。そして仕事の後には自分を売り飛ばしたところの店長に成果報告とは律儀なもんだな」
その言葉が何を言っているのか、僕が理解できたのか、いないのかはわからない。しかしどちらにしろ、僕の精神力はほぼ底をついていた。
「ああ、ところでな、あいつみたいな娼婦はレンタル制なんだがな、あいにくお前は俺が買い取ったんだでね。煮るなり焼くなり好きなようにしていいもんだそうでな」
そう言って男は気持ち悪い笑い方をしながら、もう何度達しているのかわからないが下半身を打ち付けるのをやめない。
電話はいつの間にか切られていた。僕の望みは、絶たれた。
痛い、苦しい、痛い、嫌だ。
声を出せずただ苦しむ僕に飽きて目新しい反応を見ようとしたのか、それともその苦しみ様に気を良くしてさらに屈服させようとしているのか、男はその大きな手を伸ばし、僕の首を絞めてくる。
当然僕は息が出来なくなるが抵抗する力もない。
苦しい、苦しい、痛い、苦しい。
息が出来ない。なにも見えなくなる。だけど感覚だけは残っている。人から強制的に与えられる苦しみが、こんなにも。こんなにも。
辛い、痛い、苦しい、嫌だ。
まだ、生きた……
そして翌週。
「やあバイトくん、短い間だが今日から仕事を頼むよ。ピザハウス・アンダーへようこそ」
アンダーグラウンド・ピザハウス @goazmatic
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます