果物ガール×美食家JK
今日は私が生まれて四週間ちょっと。三日後には、私たちは北海道にいる。
そして今は、私ひとりで
「クルミさんの気まぐれだったはずなのに、本当に北海道
静寝さんに相談したとき教えてもらったけど、そもそも未成年だけじゃホテルに泊まることさえできないものらしい。
契約がどうとか、法律がなんとか。とにかく、最初から私たち二人だけでは旅なんて出来なかったのだ。
「ホテルとかの宿泊施設ってそこんとこ
「保護者、ですか。そういえばクルミさんの保護者ってどうなってるんですか? それによく考えたら、持ち主の
「あの子は今、
つまり、静寝さんは今のクルミさんにとって実質『保護者』であるらしい。
「じゃあ静寝さんはずっと前から、クルミさんのために色々と周囲の世話してくれてたんですね。よくクルミさんのお祖父さんも
「任せてくれてる、って表現は少し違うかなー。ワタシに任せるよう言い
育った子ども一人を巡るやりとりがどんなものだったのか私には分からないけれど、彼女にとってはどうやら忌まわしい現場でしかなかった事だけは、その反応から想像できる。
「静寝さんは、クルミさんの親族になにかしたんですか」
「そんな悪い人みたいに扱わないでよ。ちゃんと自立するまで面倒みて、あの子の望みどおりにお手伝いするだけ。それにさ美咲ちゃん。両親を亡くした子どもを相手に、どう
……この人との付き合いは短いし、だからこれは私の勘でしかないけれど。
少なくとも静寝さんは、クルミさんから何かを
***
生まれてからこの家で過ごす時間もそれなりに長くなったので、生活にもお決まりの流れみたいなのが出来上がっていた。
クルミさんがお家に帰る前に、私はお買い
夕飯は、作ったものが
お家の
手を抜いたってクルミさんは怒ったりしないけど、ずっと前に思いっきり散らかしてしまったから今はそんなことが
後はほとんどクルミさんがやってくれて、私はそのお手伝いという感じ。
気が向いたら呪いの
後はスマホをいじったりテレビをみたりしてのんびり過ごしていると、いつも
「ただいまぁ。美咲ー、
「もう、そのネタ忘れて下さい。襲われてませんし、襲われても蹴り飛ばせますよ」
馬の被り物を混ぜて
「美咲お腹減ってる? 平気ならお風呂
「お腹はまだ平気ですよ。お風呂、今日はなにか
「今日はスイカを混ぜまーす! お買い物してくれてた?」
ここ最近のクルミさんのマイブームは、私の錬成時に
冷蔵庫に貼られた、買い
「これってなんか変わるんですか? 今までも果物とか食品系は混ぜましたけど、何も変化しませんでしたよ」
「うん、でもいいの。意味なかったとしても食べちゃえば済むしねぇ」
どんな目的があるのかよく分からなかったけど、もう慣れっこなので追求はしなかった。どうせ
洗面所で二人とも
チョーカーを外したのでネコ耳がピンと生える。同時に、
クルミさんが慣れた手つきで私の髪を下ろしたら、お風呂場にはスイカのパックだけを持ち
「いつもお風呂場に果物もって入るのって、変な気分です」
「フルーティーな香りのお風呂になっちゃうねぇ」
「そういえば、錬成した果物ってどこいくんでしょうか。特に変化がないならまた出てきちゃったりします?」
「ううん。出てこないからカラダに吸収されちゃってるんじゃないかなぁ」
ふむ。ということは、食物系は口から食べたのと似たような扱いになるらしい。
……太ろうと思えば短期間でいくらでも太ってしまうんじゃないだろうか。クルミさんには、勝手に色んな食べ物
「そんじゃ頭
「ん」
私を風呂
鏡と
クルミさんのカラダは、すごく大人っぽいと思う。
スラリとしてて、でもどこか柔らかそう。私はゴーレムだから、他人のカラダに触った経験は
前もって言えば、クルミさんはきっと抵抗もなく
だから口に出そうとしてみるけれど、どうしてかそれは
今日でもう四週間。私は一度も、そのお願いを言えずにいる。
***
錬成を終えて家のことをひとしきり済ませ、後はクルミさんのカラダについてモヤモヤと考えてたら眠る時間はあっという間にきてしまう。最近はいつもこんな感じで、無為に
いまさら悩んだって取り戻せるものでもないなと今日も
最後に、自分のカラダに変わったところがないか確かめていく。
「スイカ、やっぱり何も変わりませんでしたね。やっぱり果物は効果なしです」
「そっかぁ、残念。そんじゃとりあえず、今日のマッサージする?」
ネコ耳マッサージはおやすみ前の
アレをされてるとやっぱり気持ち良いし、もう受け入れることにも抵抗はない。何より、クルミさんに甘えられる時間が私は好きだった。
だけど今は、甘えるよりもやりたいことがあるから遠慮する。
「マッサージは要りません。今日は、私がクルミさんをひざ
「あー、珍しいパターンの日だぁ。美咲たまにそういう気分なるよね。なんで?」
「べつに理由はないですけど……そういう気分です」
嘘だ。理由はある。
さっき静寝さんに聞いた、クルミさんと親族の
両親を亡くしたあとに、身内からお金の話ばかり。あまり分からないのをいいことに、悪い
クルミさんはベッドでそのまま眠れるような体勢になって、私がひざ枕をする。頭を
きっと彼女はいっぱい傷付いているから、私がこの手で
「美咲の手は良いよねぇ、なんか落ち着く」
「それは全身クルミさん好みで作られてますから。特別製です」
クルミさんの両親の遺骨で作られた手だから、それなりに
数分ほど撫でつづけて、クルミさんがアクビを出した。
そう遠くないうちに、今度はスゥスゥと寝息をたてはじめるだろう。
彼女を寝かしつけるのは、このカラダで生まれた良かったと思える瞬間のひとつではあるんだけど、物足りない。このカラダは、まだ本物とは違うのだ。
この小さい手でどれだけ彼女を救えているのか、結局は分からない。
お風呂のときとは違うモヤモヤが胸のうちに生まれて、焦りばかりが
ゴーレムのカラダにはまだ
そう思うと、とてももどかしくなった。
***
クルミさんが寝ついたのを確認し、電気を消して布団に入りこんだ。
しばらく目をつぶってみたけどなかなか眠れない。
瞼をあけて、大人っぽい
少しでも早くニンゲンに近づきたいのなら、すぐにでも取れる方法がひとつあった。彼女のだ
そうなるとキスをするくらいしかやり方はないはずだったけど、そんなの私からお願いするのは
だけど今なら、工夫をすればキスしなくても摂取できるんじゃないだろうか。
バレないように、クルミさんのあごにそっと指を添えて唇をひらかせ、下向きに顔を傾けさせる。
しばらく待ってみたけれど、暗いせいか彼女の口からだ液が溢れているのかどうかよく分からなかった。
まだ起きる様子はない。
変だ、ドキドキする。
何故か悪いことをしている気がしたけど、別に寝ている間に唇を
ただ、早くニンゲンになるために必要だから。だから問題
そんなことを何度も頭の中で言い
暗いから分からないだけで、ひょっとしたらもうだ液は
……ちょっと
目を静かにつぶって、もう一度ひらく。
覚悟を決めて、今度は
分からないから。溢れているかもしれないから。念の為に。目を
少しの間そうして、引っ込める。やっぱり悪いことしてしまった気がしたけど、やり
運が良ければ、これでだ液を取り込めたはず。
向かい合う顔と顔のあいだで繰り広げられた小さな冒険を終えて、ハァッと息がもれる。同時にドッと眠気がやってきた。
今日はいっぱい頑張った。我ながらすごく背伸びしてしまった。このまま眠ってしまう前に、舌をひっつけてしまったところを綺麗にしておかなきゃと思う。
思いきり「目覚めてます」という感じの瞳が、私の眉間あたりを射抜いていた。
「……ゴメンナサイ」
「美咲、前にも言ったけどさぁ」
言いながら、クルミさんが私の両頬に手を添えた。
怒られると思っていたのに、彼女は表情を穏やかにしたまま身長差のあるカラダで上に
私がさっきそうしたように舌先をだして、そのまま顔を近づけてくる。
クルミさんが何を思っているのか、何をしようとしているのか、私には分からなかった。分からないままだけど、クルミさんは止まらなかった。
「したいことがあるなら、ちゃんと言って」
「ふっ――」
ギュッと目をつぶって。後はされるがままになった。
柔らかさが唇に重なって、次の瞬間には私の舌の表面へと心地いい感触が滑り込んだ。
私の口の中なのに、私とは違う意思で動くそれはとっても熱い。土塊のカラダは彼女と比べてまだ冷たいんだと気付かされる。
初めての刺激に翻弄されながら、とにかく与えられるものを受け取った。
一方のクルミさんは、私の舌をもっと味わおうとするように
辛くて、だけど美味しすぎて止められない。
喉元にせまる水を飲む。
休む暇は、くれない。
クチュ、と滑らかなものが触れ合う音と、私のほうばかり荒くなる呼吸。シーツの擦れる音。
部屋のなかにそれらが
時間の経過は早いか遅いかも判断できなくて、今クルミさんと一体何をしているのか、それさえ分からなくなっていく。
「――ふぅっ」
「はっ! はぁー、はぁー……!」
不意にクルミさんのほうから唇を離した。
すっかりリズムを乱してしまった肺が、自由になった嬉しさに大きく呼吸をくりかえす。
「ふぅ……漫画とかでイチゴとか、レモン味のキスなんて言うけどさぁ」
「はっ、はっ――え?」
暗い部屋のなかに、クルミさんの瞳がわずかに
唇に残る味をたしかめるみたいに舌なめずりして、間近で私の口内を覗き込みながら、言う。
「やっぱり、美咲はスイカ味」
今日、どうしてクルミさんはスイカなんて混ぜていたのか。
そしてここ最近、どうして私の錬成に果物ばかりを使ってたのか。
その意味を、私は今ようやく知った。
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