猫好きJK×賢者の石


 身近なところに自然がある村はもちろん、どれだけ発展した街であろうと、野生動物に出会うことはそれほど珍しくないと思う。

 野良猫なんかどこにでもいるし、上をみれば鳥たちが電線とか屋根の上で羽を休めているのを見つけられる。東京だってタヌキがいるとか聞くし。それら動物に出会おうと思えば、だれでも簡単に出会えるはずだ。


 動物に出会うことなんて別に珍しくもないことだから、私は生まれてから十年近く、自分が持っているらしい変な性質に気付けなかった。高校生やってる今でも、確信なんてないし証明もできないんだけど。


 私は、動物を引き寄せている。

 といっても、いつも口笛を吹いてたりだとか、遠吠えで仲間を探してるわけじゃない。そんな芸当できないし。そんな変人じみたことしてるわけじゃなくて、自分の意志とは無関係に動物を引き寄せる。


 外を歩けば、猫とか犬はもちろん、住宅街なのに野ウサギとかよく見つける。家族旅行で泊まった西表島いりおもてじまでは、二泊三日のあいだに絶滅危惧種のイリオモテヤマネコとやらに五回遭遇した。

 なんでそうなるのかは自分でも分からないので説明しようもないけど、普通の動物から珍しい動物まで、いろんなヤツと頻繁に巡り合う。

 そういう性質だ。


 動物学者みたいに彼らを研究していたりしたら素晴らしい才能になりうるかもしれないけど、残念ながらそんな熱心な興味を彼らに向けているわけじゃない。

 猫は好きだからよく撫でて遊んだりはするんだけど、他にも猫好きなひとはいくらでもいるだろうし、だから私の動物に対する興味というのは普通と同じ、その程度だ。


 そして動物側にとっても、ただ私に引き寄せられるというだけで、こちらに興味があるわけじゃないと思う。少なくとも私のことが好きだから寄ってきてるわけじゃない。

 飛んできたムササビが背中にビタンと張り付いて、そのまま粗相をされたりするし、街中に迷い込んだイノシシと当然のように出くわして、突進くらって足の骨を折られたりもした。

 私が彼らに好かれていたなら、そんなことされないと思う。


 お互い特別に興味をもっているわけでもなくて、だけど私たちは巡り合う。体質と呼んだら私がクサいみたいで嫌だし、運命と呼ぶのはもっと嫌だ。だから性質と呼ぶことにしている。

 

 そんな性質を呪わしく思ったことはまだないけど、嫌だなと思うことはよくある。動物を引き寄せてしまうせいか、彼らが交通事故に巻き込まれるところにもよく出くわしてしまうのだ。

 私が交差点にくるだけで、そこに動物の数が増える。そうなると悲劇も起こりやすくなってしまうのかもしれない。

 特に猫は飛び出してしまう性格の子が多いようで、可哀想な姿になってしまう瞬間を嫌というほど見てきた。

 数え切れないけど、多分半月に一回くらい見る。年に二十回以上。

 だれでもそんなもんだろうと私は最近まで思い込んでいたけど、友達にこの話をしてみたら「あり得ない」と言われた。轢死の瞬間なんて、そうそう立ち会うことはないのだ。


 あれは何度見たって気分のいいものじゃないし、これから先も慣れることはない。

 それに、彼らが事故に巻き込まれるのは私がもつ変な性質によるものかもしれなくて。そう考えると、ひどく、なんというか、申し訳ない気になる。

 因果関係もはっきりしない出来事に対して、私が謝りたくなるのもどうなんだろうと思うけど。だからこそすっきりしなくて、飲み込みきれなくて、胸のうちにはいつだってモヤモヤが残る。


 少しだけ調べてみたら、全国で猫が事故にあう数が年間三十五万前後で、人間の、通常言われるほうの交通事故の数が年間四十万前後だった。

 人間のほうが多いのか、と一瞬思ったけど動物の場合は推定だったし、そもそも通報されていなかったりしてそう。なので件数はもっと上のはず。だけど自治体によってはロードキルの記録も重要なお仕事のようだし、どうだろう。

 現実には猫のほうが事故の数は多そうだけど、意外と、両者のあいだに目立つほどの差はないかもしれない。小動物の彼らにとっては一件が致命的だから印象が強いというだけで。


 私は、人間だけが絡む、通常言われているほうの交通事故の瞬間なんて見たことない。

 ならやっぱり、猫やほかの動物にたいする事故ばかり何度も立ち会ってしまうのは、けっこうな偏りがあった。


 彼らに別段興味があるわけじゃないけど、不幸を喜べるほど嫌いなわけでも当然ない。むしろ猫のことは好きだし、できるだけ酷い目にあって欲しくなかった。

 だからって、じゃあどうするんだって話だけど。


 そんな悩み多き女子高校生の私だけど、今だけはちょっとご機嫌な気分で家路についている。

 今日は、いいお守りを五個も手に入れることができたからだ。

 お守りといっても神社にある交通安全のお守りとかじゃなくて、ちょこんと手に乗っかるサイズの、普通の石だ。だけど私にとってお守りと呼べる力が込められている。


 この石は、行きつけの古道具さんで手に入れた。

 ここの店主のお姉さんは、両親にとって昔からの友達ということで、だから私も小さいころからよくお店に連れてこられていた。

 古くさい店内には、寿命の近そうな家具や、雰囲気を暗くするインテリアや、価値ある割れ物なんかがいくつも並べられていて、私はそこでできるだけ変なやつを見つけてはジッと眺めてみたりする。いつも暇そうな店主さんとはよくお喋りをしてて、楽しみのひとつだ。お姉さんは昔からそうやって話し相手してくれるひとだったから、ここで退屈を感じたことはほとんどない。


 そんなまったりした古道具さんのとある棚で、この石は『賢者の石』なんて堂々たる名札をつけてたくさん売り出されていた。

 偽物くさすぎる、なんだこれ。と思って眺めていると、私の様子に気付いたお姉さんが、いつも通りのまったりした声で教えてくれた。


「あーそれねー。ヒゲが長いオジイチャンが持ってきたよねー。本人いわく賢者の石だってー。見た目ちょっと黒曜石っぽくて悪くないし、インテリアにしたらいいんじゃないかなー」


 いかにも怪しいものを買っちゃってるけど、これがお姉さんの平常運転だ。彼女のセンスは不思議なものに偏っていて、吸血鬼一族が使った食器とか、魔女の愛用した杖なんかを売っている。どう考えたって偽物ばかりだったけど、来るたびに何かしら物は入れ替わっているから、一応商売できてるらしい。昔から通ってるのに、未だに古道具屋って理解できない。いやこの店がおかしすぎるだけか。


 でも賢者の石なら知ってる。漫画で培った知識によれば、錬金術で作られるアイテムのなかでも特別すごい力があるやつだ。不老不死になれたり、金とか人造人間とか作れる。

 それだけの力があるなら、目の前で猫が轢かれて死んでしまったとしても、不思議な力で助けてやることができるかもしれない。いやできるだろ。賢者の石だし。


 うん。さすがに私だって偽物だって分かってる。本気で期待してるわけじゃないんだけど。

 だけど、もしいつものように動物の轢死を目の当たりにしたらどうだろう。私がもつ性質のせいで失われたかもしれない、無実の生命だ。それをこの石が取り返せたとしたら……。


 十八年間生きてきて、いつでも胸のうちには解消できないモヤモヤがあって、私を悩ませ続けている。積もりに積もった罪悪感に耐えかねて、いつか私は爆発してしまうかもしれない。


 そう思うと、ちょっとだけこういう不思議アイテムみたいなのが欲しくなる。

 賢者の石を死体にかざして蘇生を試みるくらいなら、やってもいい。失われた命を取り返すなんて不可能に決まっているけど、死んでしまった彼らにたいしてなにかをした。という言い訳くらいにはできないだろうか。この石は、いざというときに私を慰めてくれるアイテムとなるかもしれない。

 

 だからこれは、ほとんど使う予定のない保険で、お守りなのだ。

 一個あたり三百円で売り出されていたお得な真理は、罪悪感を抱えつづける私にとって、ほどよい遊び心みたいなのが込められていて、そこがとっても気に入った。


 そして今、機嫌のよい帰り道。

 手に入れたばかりの素晴らしいお守り、『賢者の石』とやらを太陽にかざしてみる。うわ眩しい。

 逆光で目がチカチカするだけだったので、手にのせて普通に眺めた。やっぱりなんの変哲もない、ちょっと表面滑らかにされただけの黒っぽい石だ。大きくもないし、神秘性もそれほど感じられない。


 まぁこんなもんか。と石を握る。けど気分はいつもより晴れやかだった。

 お守りをニギニギして遊んでいると、今日もまた子猫とでくわした。多分、はじめて見る猫かな。

 しゃがんで手を差しだす。初見の人間あいてにさほど警戒するそぶりもみせず、子猫が指先にすりよってきた。人懐っこいタイプの子みたいだ。


 そうしていると、私の後ろをふたりの大人が小走りで通りすぎていく。信号が変わりかけてたので、急いで渡りたかったようだ。

 しゃがんでしまっている私はどうせ間に合わないので猫ともうちょっとだけ遊ぶことにしよう。毛に覆われた喉を軽くなでてやると、気持ちよさそうに目を閉じて早速ゴロゴロ言いはじめた。

 彼らが喜ぶところはたくさん知っているから、撫でるのは得意なのだ。


 ひと通り体を撫でて、子猫はもっと欲しがるように見つめてきたけど、あまりゆっくりしてられない。

 バイバイ、と別れを告げて帰り道をゆく。


 すぐそこには交差点。歩行者信号はもう赤になってしまっていて、私は立ち止まる。大型のトラックが交差点に侵入し、目の前を横切っていく。

 同時に、さっき遊んだ子猫が駆け出していくのを横目で捉えた。


 交差点に向かって走り出す子猫。そして大型トラック。


 嬉しくもない話だけど、私は、動物らが車に轢かれる瞬間を嫌というほど目撃していて、いつしか、正確な勘のようなものを備えてしまっていた。

 テニスプレイヤーとかが、長年の練習で培った勘によりボールの軌道がアウトとなるかセーフとなるかを、一瞬で、高い精度で見極められるように。

 私の予感もかなり正確なものになっていて、だから、これから何が起こるのかはっきりと分かってしまった。今回の軌道は、明らかにアウトだ。


 見てしまうのが怖くて、目をそらそうとする。

 けれど私は踏みとどまり、気がつけば子猫の行くほうへと自ら駆けだしていた。


 この瞬間、なにを考えたのか自分でもよく分からない。

 ただ私は、自分の性質にうんざりしてて、それに猫のことか好きだっただけ。

 他に理由があるとしたら、手に握っていた賢者の石だ。

 いかにも偽物くさくて頼りないお守りだけど、これのおかげで私は悩みから少しのあいだ解放されていて、だから今日はご機嫌で。なんというか、ちょっとした勇気みたいなのをもらってしまったから。

 だからつい、猫を一匹助けるためだけに、私は道路へと駆けだしてしまった。



 走ったのはほんの二歩。子猫の動きは読めていて、我ながら反応も早かったおかげで、あっさりと捕まえることができた。腕に抱えて、あとはすぐ歩道へ戻れば安全圏。


 一瞬だったけど、なにも考えなしに行動したわけじゃない。

 さすがに、死にかねないようなタイミングで飛び出すほど馬鹿な真似をしたわけじゃなくて、トラックの進行方向に踏み出すことなく子猫を捕まえられると、確信があったからそうした。


 予想通り、無事に救出はすんだ。けどトラックの運転手にとって、私の行動が予想通りなわけなかった。

 道路へ飛び出しかけた高校生をみて、大型トラックはハンドルを切った。

 もとから早いスピードではなかったけど、巨大な質量で急ブレーキなどできず、緩やかに減速する。


 運転手はこのとき、危険な行動をする私のことを一、二秒ほど凝視していて、だから気付けなかったのだ。

 急ハンドルを切った先が歩道に向いていて、そこに人間が立っていることに気付けなかった。


 猫が交通事故にあう件数が、推定で年間三十五万件前後。通常言われているほうの交通事故が年間四十万件前後。その実、両者のあいだに目立つほどの差は無いと、なんとなく予想ができていて。

 そのうえ私の周りでは、やたら悲劇の数が偏っている。


 柄にもなく統計なんて調べてみたりしたんだから、もう少し考えを深めるべきだった。ちょっとしたきっかけで被害の矛先が変わってしまうかもしれないことに、私は気付いておかなきゃいけなかったのに。


 

 ゆったりと減速をする大型トラックは、進行先の人間に気付いて急ブレーキをかけ、結局止まりきることはなく。

 巨大な質量を支えるタイヤの前輪にはすさまじい重量がかかっていて、それに対して人間の体はあまりにも脆い。


 次の数秒。

 大型トラックが人間を轢いた。

 人の声とは思えない断末魔が脳にまで響く。無慈悲なタイヤと地面のあいだに、柔い肉はすり潰されて。たっぷり血を詰めた人間の体は、まるで水風船のように破裂して、赤い、黄色い、白い中身をばら撒いた。


 最初にきっかけを与えた、悲劇を起こした張本人とも言える私は、なにをするでもなくひとり安全圏で立ち尽くし。両手に抱えた子猫は、いつの間にかどこかへと逃げ出していて。


 私の手には、お守りとしてあまりにも頼りがいのない、賢者の石だけが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る