お目覚めガール×創造主
意識はとつぜん宿った。
呼吸がはじまるより前に、まず目が見えるようになった。仰向けの姿勢から見えたのは、静かな水面だ。わずかな波の動きにあわせて光がヒラヒラと揺らめき、柔らかに私を包み込む。私は、どうやら水の中にいるようだった。
水の温度は熱すぎず冷たすぎず、ほどよくぬるい。膝を抱えて漂ってるだけで、それなりに心地いい。母親のお腹の中にいる赤ん坊はこんな感じかな、と思う。
私のほかにはだれもいない。というか、ここは人がひとり入れる程度の広さしかない。なんでこんなとこにいるんだっけ。それに水中なのに、視界は濁ったりせずクリアに見える。普通の人間の目ならこうはならないはずなのに、謎だ。分からないことばかり、フシギ、不思議。
状況はさっぱり分からなかったけど、溺れるような様子もないし、特にやることも思いつかないから動く気にもならない。
いっそ、このまま二度寝しちゃってもいいかな、という気分になる。
なんとなく口を開いてみると、吐息の代わりにゴポリと空気の泡がはき出された。真正面へと泡が登っていき、静かだった水面に波紋をのこして消えていく。
一度空気を吐いたら、体は自動的に息を吸い込もうとする。開いた喉がゴクンと水を飲んだ。予想外に硬い感触が喉を通り過ぎていったけど、不思議と痛みはなかった。
息苦しさも全然感じないけど、からだが呼吸をしたがってるなら、このまま漂ってるのはマズイかもしれない。
体を起こしてみると、すぐに顔が水面をやぶった。肩より上が空気にふれて、水の重たさから開放される。
「ぷはぁ――はぁ、はぁ……ふぅー」
空気は――おいしい。
血が全身を巡りはじめ、ジィンとした痺れが肌をくすぐる。
ここがどこか分かった。ここはお風呂場で、私はバスタブに浸かっていた。すぐ側に石鹸、シャンプーとかのボトルが複数、綺麗な浴室。目に映るものが増えて、少し感動する。ようやく出番を得た嗅覚が敏感に働きはじめた。菌の少ない、清潔な空気にも匂いがあるってことが分かった。
なんだか、五感に届く刺激のどれもが新鮮で頭がおいつかない。自分がたったいま生まれたような、すごくさっぱりした感覚がある。
「うわぁぁぁ! 起きたぁー!」
「ひゃいっ!?」
急に大声出されて肩が跳ねる。
お風呂場には自分ひとりじゃなかった。見ると、高校生くらいの人がこちらを覗き込んでいた。私よりも背が高い。
あからさまに驚いたような表情をしてる。初対面なのに。ちょっと失礼な人かもしれない。
「……こんにちは」
とりあえず挨拶は大事。ジョーシキ、常識。
それに目覚めてからはじめて見る人間の顔。なんだかすごく興味をそそられる。バスタブのふちに手をかけて、真正面から顔の造形ひとつひとつをジーッと観察してみた。
こんなに見るのは本来失礼なことかもしれないけど、むこうだっていま驚いた表情のまま固まってるし、失礼しちゃうからおあいこだ。
顔は、可愛いというよりは美人さんって感じの人だった。
目つきがぱっちりと凛々しくて大人っぽい。茶色がかった、ちょっと重ための髪。鼻はスッキリととおった形で、唇はみずみずしく薄い。やっぱり美人だったけど表情にはどこかあどけなさが残っていて、矛盾した印象にちょっと困惑する。
大人らしいような、子供っぽいような。二つの雰囲気が混ざりあって、彼女になおさら興味を引かれる。
いい人だろうか、悪い人だろうか。どんな人かを理解するまで。心の内が覗いてみえるようになるまで、ずっと眺めていたくなるような、不思議な感覚があった。
「へっくし!」
くしゃみでた。ぬるま湯に浸かっていたから、体が冷えてきたのだ。
「おっとぉ。まずいまずい。このままじゃ風邪ひいちゃうか」
美人さんがドタドタと洗面所へいって、タオルを持ってきてくれた。美人さんはまず、私の濡れた頭をキュッと絞ってくる。引っ張られた髪の毛がほどよい痒みを生んで、マッサージ気分。そうして水気をきってからタオルをかぶせ、ゴシゴシと髪を拭いてくれた。
たぶん、いい人っぽい。
「うーん、起きたはいいけど……君なんだか小さいね?」
「えぇ……」
印象を改めよう。失礼な人だ。
でも、言われて自分の体を確かめると、たしかに小さい。少なくとも高校生とかじゃなく、多分十二才くらい、女の子。バスタブに浸かってるから当たり前だけど、堂々たるすっぽんぽん。なお、美人さんは袖をまくってお風呂掃除のときみたいな格好をしていた。
「えっと、色々よく分からないんですけれど……お姉さん誰なんですか?」
「あー、ふーん……そっか。生まれたばっかりだし分かんないよね。んじゃあらためて」
お姉さんが立ち上がって、自分を見せつけるように胸を張った。はつらつとした声で自己紹介を始める。
「誕生おめでとう、私のゴーレムちゃん。私は
そのままお姉さんと呼んでもいいよ。なんて言いながら。来崎クルミは首を傾けニッコリ笑う。口のはしに茶色くて長めの前髪がかかって、大人らしさのほうが顔を覗かせる。
来崎クルミ、と自称創造主様の名前を頭の中で何度か繰り返す。けれど名前を覚えるよりもまず、彼女の言葉が心に引っかかって離れなかった。
「クルミさん……そのゴーレムちゃん、ってなんですか?」
「お姉さん呼びじゃないの? ていうか、そだよね。ゴーレムちゃんじゃそのまんますぎるか。せっかくだから可愛い名前も付けないと。じゃあねぇ、えーっと……」
クルミさんが顎に手を添えて名前を考えはじめた。なんで私をゴーレム呼びしたのか、その意味について説明してほしかったのだけど……それは伝わらなかったらしい。
けれど、一応ゴーレムってやつについて、なんとなくは知っている。
たしか、
都合のいいように働かされ、時間が経ったら土に帰される。自分の意思なんてなく、命は尊重されない。
もし、彼女の言ってたゴーレムがそのままの意味だったとしら――。
「よーし決めた! 君の名前は『
そんな、一方的につけられた名前を拒むことさえ、私には許されないのだろう。
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