骨とキュウリ

夕凪

骨とキュウリ

 祖母の納骨を終え暇になった私は、ミカに会いに行くことにした。この近くに住んでいたはずだ。親戚たちに帰宅する旨を伝え、記憶を頼りにミカの家を探す。確か、苗字はワタナベだったと思う。

 ミカとは、保育園からの仲だった。私もミカも共働きの家庭で育ったため、お迎えはいつも最後で、必然的に仲良くなった。ミカは引っ込み思案な性格で、明るく元気な性格(自分で言うのも恥ずかしいが)だった私とは正反対だった。だったと言うのは、今はどちらかと言うと暗めだからだ。そのまま小中と同じ学校に通い、高校で別れた。私は部活を優先し所謂スポーツ校に進学し、ミカは進学校を選んだ。約14年かけて育んできた友情は、あっという間に消え去った。現在、大学2年に至るまで、お互いに連絡することはなかった。


「ここで合ってるのかな?」


 渡邊と印字された表札を睨みながら、記憶を辿る。何度思い返してみても、ワタナベの字が思い出せない。正直、当時から意識したことはなかったと思う。


「まあ、いいか」


 インターホンを押す。ピンポーンという音は、何時でも人を緊張させる。昔はワクワクしたのになあと、少し寂しくなる。


「はい?どちらさまですか?」

「あー、タカナシと申します。ミカさんはいらっしゃいますか?」

「もしかして、コトリ?久しぶり!」

「あっ、ミカか。久しぶりー。会いに来たよ」


 久しぶりの再会を喜ぶことよりも先に、声を聞いても思い出せなかったことのショックが来る。私ってこんなに人に興味が無かっただろうか。それとも、高校からの環境が私をこんな人間にしたのだろうか。


 リビングに通される。白を貴重とした内装は、どことなく病院を連想させた。よく言えば、清潔感があるといったところか。


「本当に久しぶりだね。コトリはなんでこっちに戻って来てるの?まだ夏休みじゃないでしょう?」

「あー、今日おばあちゃんの四十九日でさ。それで納骨に来てたの。さっき終わったけどね」

「おばあちゃんって、あのよく家にいた人?懐かしいなあ。亡くなったんだ。それもそうだよね、私達ももう二十歳だもんね」

「時の流れは残酷だよね。あんなに仲が良かった私達も、こんなぎこちない会話しか出来なくなってるんだもん」

「そんなにぎこちないかな?私は普通だと思うけどか。それに、途切れた仲なら結び直せばいいじゃない、コトリ」


 そう言ってミカは身体を擦り寄せてくる。昔から私と二人の時はスキンシップが過剰だったが、今もその癖は治っていないのだろうか。別に、嫌な気はしないけれど。


「近いよ、ミカ。もう少し離れて」

「コトリは、私のこと嫌い?」

「好きだよ。でも、それとこれとは別の話」

「同じ話だよ、コトリ」


 ミカはソファから立ち上がると、リビングの端に置いてあるピアノの前に座り、そのまま演奏を始めた。聞いたことがあるようなないような、そんな、懐かしさを感じさせる曲だった。


「コトリは昔から、私のことを友達の一人としてしか見てなかったよね」

「そうかな。まあ、そうだね。だってさ、ミカは友達の一人だもん」

「私にとっての友達は、コトリだけだった。あとは皆ただの他人。路傍の石だったの」


 演奏に熱が入る。ミカの気持ちが段々と見えてきたような気がする。それにしても、どこか芝居がかっているような、そんな違和感を感じる。ピースがどうしようもなく欠けているパズルのような。ミカは昔からこうだったような気もするけれど、よく覚えていない。やはり私は非情な人間らしい。いっそ感情のないロボットのようになれていたら、どんなに楽だったろう。


「あのさ、ミカ。骨って見たことある?」

「あるけど、それがどうしたの?」

「骨ってさ、キュウリに似てるんだよ。そう思ったことない?」

「コトリ、私は今真剣な話をしているの。くだらない話で茶化そうとしないで」

「ふざけてるわけじゃないよ。骨とキュウリって似てるよねって、本気でこの話がしたいだけだよ」

「骨とキュウリが似ているとして、それが何なの?今の話と何の関係があるの?」


 関係なんてない。骨とキュウリが似ているという話と、ミカと私の友人関係の話は、同じようにくだらない話だよと言いたいだけだ。でも、そんなことは言わない。言えるわけがない。恐らくミカは、私に恋愛感情を抱いている。考えてみれば、昔からミカにはそのケがあったのかもしれない。その根拠となりうる出来事はいくらでもあった気がする。思い出せないけれど。だから、私は「くだらない話だよ」なんて言えない。ミカのことが好きだからではない。言ったら、私とミカの脆弱な友情は、砂の城のようにサラサラと崩れてしまうからだ。


「骨とキュウリが似ているのと同じように、私とミカの関係も当たり前のようにそこにあるってことだよ」

「……意味分かんない。何が言いたいの?」

「何も言いたくないよ。私にとって、友達全員が親友だった。それこそ、一緒にいる時の沈黙さえ愛せるような、そんな親友だった」

「私にとっての親友は、コトリだけだよ」

「ありがとう。私にとっての親友はミカだけじゃないけど。愛してるよ、ミカ」


 そして私とミカは、安っぽいキスをした。ミカは喜んでいた。私にとってはキスなんて握手と同程度の価値しかないけれど、相手が喜んでくれるならそれでいい。と、私は思う。


「今日はありがとう。私の中で、止まっていた時間が動き出した気がする」

「私の中の時間も、動き出した気がする。またね、ミカ」

「うん。また会おうね、コトリ。できれば、今年中がいいな」


 叶わない約束を結んで、ミカと別れる。過去を清算して、気持ちよく百ヶ日を迎えるために。卒哭忌に、私は旅立つのだから。




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骨とキュウリ 夕凪 @Yuniunagi

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