第104話 告白、初めての気持ち

 目の前でスーッと涙を流す蒼乃は俺が想像していた動揺して泣きじゃくるといった様子ではなく、落ち着いた口調で話し始めた。


「はい……。これで綺麗さっぱり私との関係は終わって緑彩先輩と付き合えますねっ。おめでとうございます」


 俺を祝福する蒼乃は優しく柔らかい表情でニコっと微笑んだ。

 なぜ2度も別れを告げらなければならないのかと憤慨してもおかしくない状況で、蒼乃はなぜ笑っていられるのだろうか。


 薄暗い体育館では大勢の生徒や先生がこの演劇を見守っている。そんな中で2度も振られたとは思えないほど、優しい微笑みだった。


 俺が蒼乃に別れを告げたのはちょっとしたイタズラだ。


 散々蒼乃を振り回して来た俺にそんな事をする資格は無いかもしれないが、この方が俺たちらしい。


 ……うん。やっぱり俺の選択は何も間違っちゃいなかった。

 悩みに悩み抜いた最後の決断を正解にしてくれたのが蒼乃自身だなんて、変な話だな。


「何言ってんだ。俺は緑彩先輩とは付き合わないぞ」

「……へ?」


 蒼乃は首を傾げ、俺の意味不明な発言に目を丸くしている。


「どうした。そんなアホみたいな顔して」

「あ、アホは先輩です。だって白太先輩、ずっと緑川先輩のことが好きだったじゃないですか。私を振って緑川先輩と付き合おうとしてたんじゃないんですか?」


 そう思うのも無理は無い。蒼乃は俺の緑彩先輩に対する想いをずっと側で見てきたのだから。


 でも今の俺の気持ちはそうでは無いとハッキリ伝えなくては。


「そんなこともあったっけなぁ」

「いや、そんなこともあったっけなぁ、じゃないですよ。なんで過去形なんですか。今は好きじゃないとでもいうんですか?」


 頭の中がグチャグチャになってしまっている蒼乃からは質問の連続。


 最後まで俺は蒼乃を振り回してばかりだった。


 蒼乃には振り回されもしたが、それ以上に支えられていた。


 これからは俺が……。


「その通りだよ。俺が今好きなのは蒼乃、お前だ。俺と付き合ってくれ」


 俺が蒼乃に想いを伝えると、体育館はしばらく信じられないほどの静寂に包まれた。


 それから少しずつ演劇を鑑賞している生徒、先生はざわつき始める。


「――な、何言ってるんですか⁉︎ そ、そんなの信じられません。だって白太先輩が緑川先輩を好きな想いは私が一番そばで見てきたんですから」

「俺の想いを一番そばで見てきたのは蒼乃じゃなくて俺自身だ。色々あったけど、今は本当に蒼乃が好きだ」


 蒼乃は俺の今の本当の想いを聴き、一度止まっていた涙が再び溢れ出す。


 それは同じ涙でも先ほどの涙とは全く違う、キラキラと光り輝く涙だった。

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