第103話 絶望、これが最後の悲しみ

 緑彩先輩と玄人は時間稼ぎという任務を遂行し、舞台袖へと歩いてきた。


 緑彩先輩より先に舞台を降りてきた玄人はすれ違いざまに俺の肩をポンっと叩き、蒼乃に聞こえないように耳打ちする。


「白太、最後くらい格好いいところ、見せてくれよ」


 親友からの激励の言葉に思わず目が潤む。


「もうすでに格好悪いとこばっかだけどな……。出来る限り頑張るよ」


 俺はここまで格好悪い姿を……いや、不様な姿を晒してきた。

 それで人を傷つけたのだ。過去に戻って無かったことには出来ないが、俺なりにけじめをつけようと思う。


 玄人は握り拳に親指を立て、頑張れよ、と俺の最後を後押しして通り過ぎて行った。


 そしてその後ろから緑彩先輩が歩いてきた。


 演劇のために薄暗くなっている体育館の中でも、緑彩先輩の目尻が赤くなっているのがハッキリと分かる。

 そんな緑彩先輩の姿を見た瞬間、俺は目を逸らしそうになるが首を振り自分に言い聞かせる。


 もう逃げないと決めたじゃないか。目を背けるな。


 俺は目を逸らしかけてからもう一度緑彩先輩の顔を見つめた。


 目を赤くした緑彩先輩は涙を流して辛い表情をしているかと思いきや、優しく俺に笑いかけていた。


 俺はその表情に気を取られ、緑彩先輩の不意な接近を予期出来なかった。


 そしていつの間にか、緑彩先輩に抱きつかれていた。


「え、ちょっと、は、はなして……」


 俺は胸に顔を蹲させられて上手く声を出すことが出来ない。


「白太くん、貴方と同じで2回目の告白になるけれど、やっぱり私は白太くんが好き。この気持ちはいつか消えてしまうのかも知れないけど……、いえ、消すべきなのかも知れないけれど、そうなっても心の奥にずっと大事にしまっておくわ。だから、頑張りなさい」


 そう言ってひとしきり俺を抱きしめると、緑彩先輩は俺を解放してくれた。


「……ありがとうございます。俺、頑張ります」


 そして俺は蒼乃の手を引っ張り、教室のセットのままになっている舞台上へと蒼乃を連れてきた。


「俺、本当馬鹿だからさ。気づくのが遅くなった」

「遅くなるも何も、白太先輩は緑彩先輩が好きなんじゃないんですか?」

「俺は確かにずっと緑彩先輩が好きだったよ。でも、俺が緑彩先輩に振られて打ちのめされて、それからはずっと蒼乃がそばにいてくれた。いつの間にか俺にとって、蒼乃がそばにいるのが当たり前になってたんだ」

「……え? 先輩何言ってるんですか?」


 俯いていた蒼乃は俺の言葉を耳にして不思議そうな顔でこちらを見ている。


「俺はけじめをつける」

「どういうことですか?」

「俺たちの仮の関係って、まだ正式には終わってないよな?」

「まぁさっき白太先輩が私の告白を断ったので終わったと言えば終わりましたし、でも別れるって話はしてないので終わってないと言えば終わってないですね」


 そう、終わっていないのだ。俺たちの仮の関係は。


 それなら俺がするべきことは……。


「だよな。それじゃあ蒼乃、俺と別れてくれ」

「――え?」


 俺の言葉を聞き、蒼乃の目からは再び光が消えた。

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