第100話 存在、大きくなっていたもの

 目に浮かんだ涙を制服の裾で拭いながら俺は校内を走っていた。


 文化祭中ということもあり、校内はいつもより人口密度が高い。

 文化祭の出し物用の装飾なども狭い廊下を占領しており思うように走ることが出来ない。


 走る速度を制限されているので手当たり次第に校内を走り回るのは得策ではない。


 蒼乃がいるであろう場所の検討は付いている。というか、そこしか思い当たらない。そこに居ないとなれば学校の敷地外に出てしまったか女子トイレにでも篭っているのだろう。


 女子トイレに篭られたら男子である俺にはどうしようもないが、恐らくそれは無い。


 蒼乃は俺に追いかけて欲しい、見つけて欲しいと考えているはずだ。

 蒼乃の心が読めるわけではないが、これまでの蒼乃との付き合いでなんとなく分かる。


 蒼乃が舞台から走り去った理由も、ただ単に告白に失敗してその場を離れたというわけでは無く、俺の気持ちを変化させるための最終手段だったのではないだろうか。


 ……昔とは状況が違うが、俺と蒼乃が出会った時もこうして蒼乃のところに向かってたんだよな。


 偶然上手く蒼乃を助けたとはいえ、たった一度の出来事で俺のことを好きになるなんて単純すぎるだろ。


 とはいえ、俺が辛い時も緑彩先輩が好きだと言っても蒼乃はずっとそばにいて俺を支えてくれた。

 俺にとって蒼乃はいつの間にかそばにいなくてはならない存在になっていた。


 何故俺が緑彩先輩が好きだと言っても俺のことを好きでい続けてくれたのかと考えると疑問符が浮かぶが、蒼乃を救出したあの出来事が蒼乃にとってはあまりにも大きな出来事だったのだろう。


 俺はさっき、こんな状況で後輩を好きになるとしたら1億人に1人というレベルの美少女か、命の恩人でもないと好きにならないと考えていた。

 前者の可能性は間違いなくゼロだとして、蒼乃にとっては後者が俺だったんだな。


 本当に気づくのが遅くて嫌になる。


 失ってから気づく、とはよく聞く話だが、俺は頭の中で緑彩先輩が好きだと自分に言い聞かせておいて、蒼乃が目の前からいなくなったことに動揺してやっと本当の気持ちに気づく大馬鹿野郎だ。


 自分から振っておいて、今は走り去った蒼乃を追っているのだから目も当てられない。完全に自作自演だな。


 人混みを避けながら俺は目的地の目の前に到着した。


 文芸部の部室の前だ。


 文芸部員は演劇の真っ最中なので部室には誰も居ない。1人になることが可能で俺に見つけてもらえる場所。


 蒼乃が逃げ込むには最適の場所なのだ。


 頼むからここにいてくれよ。そう願いながら俺は勢いよく扉を開けた。


 部室の中には俺が願った通り、目を真っ赤に腫れ上がらせた蒼乃の姿があった。

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