第99話 認識、かかり過ぎた時間
蒼乃が舞台から走り去り、体育館中が物々しい雰囲気に包まれていた。
大半の観客はこれが演技だと思いながらも蒼乃のあまりにもリアル過ぎる演技を見て、これは本当に演技なのかと首を傾げていた。
俺が観客でも今の蒼乃の演技を見れば、これは演技なのか? と疑問を抱くだろう。
演技を続けなければならないのに言葉が出てこない。
俺は自分で蒼乃ではなく緑彩先輩を選んだのだから落ち込んでいる場合ではないし落ち込む資格も無い。
この状況なら誰だって緑彩先輩を選ぶだろ?
高校に入学した頃から大好きだった先輩と両思いになれて、後は自分を好きになってくれた後輩を振るだけで晴れて大好きだった先輩と付き合える。
そんな状況で今まで大好きだった先輩のことを振って後輩と付き合うだなんて、その後輩が1億人に1人レベルの超絶美少女か命の恩人でもなければあり得ない話だ。
「青木さん、大丈夫かしら」
言葉を失っていた俺よりも先に緑彩先輩がアドリブで話し始めた。
「蒼乃のことですからきっと大丈夫ですよ」
「私は白太くんに好きだと言ってもらえて嬉しいけど」
「俺も嬉しいです。緑彩先輩に好きだって言ってもらえるなんて思ってませんでしたから」
そうだ。結局どちらかは悲しむんだ。こうして緑彩先輩が喜んでくれているだけでも俺は……。
いや、待てよ?
蒼乃か緑彩先輩のどちらかが悲しむのは確かに仕方のないことだ。2人を笑顔にすることは誰にも出来ない。
だが、大好きな緑彩先輩と両思いになったはずの俺が喜んでいないのは何故だ?
いくら蒼乃を振ったとはいえ大好きだった緑彩先輩と付き合えることになったのなら緑彩先輩だけでなく俺も嬉しいはず。
それなのに俺は嬉しくない。それどころか気持ちが沈んでしまっている。
そうか。俺は……。
「行ってあげなさい」
「――え?」
緑彩先輩は俺に蒼乃のところに行けという信じられない言葉を口にした。
「あなた自身気付いてるんでしょ?」
緑彩先輩は何かを悟ったような目で俺を見つめている。
こんな言葉を緑彩先輩に言わせてしまうほど、俺の答えは表情に出てしまっていたのだろうか。
「……はい」
「私も馬鹿ね。こんなところで相手に塩を送るなんて」
「いえ、それが緑彩先輩の魅力だと思います」
「あら、白太くんは今目の前で実質振った女の子にそんな甘い言葉をかけるのね」
「そ、そんなつもりは……」
「冗談よ。ほら、早く行ってあげなさい」
俺が自分の本当の気持ちを認識するまでにどれだけの時間がかかったか。
その時間がこうして緑彩先輩を傷つける要因にもなっている。
本人でさえ長い時間をかけて認識した自分の気持ちを緑彩先輩は簡単に見抜いた。
それだけ俺のことを見てくれていたのだろう。
俺がこの場から去って蒼乃を追いかけるのは緑彩先輩に対してあまりにも失礼では無いかと逡巡もした。
でも、俺はもう迷わない。
「緑彩先輩。すいません。先輩のこと、大好きでした」
そう言って蒼乃を追いかけるために走りだして舞台を後にしようと緑彩先輩の横を通り過ぎるその時、緑彩先輩が小さな声で俺に耳うちした。
「この場はなんとかしておくから。絶対に連れて帰ってきなさい」
それを聞いた瞬間、なぜか俺の目には涙が浮かんだ。
しかし、ここで俺が泣くのは卑怯な気がした。
泣きたいのは緑彩先輩の方なのだから。
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