第86話 本心、指摘されても変わらない


 俺は迷うことなく紅梨に気持ちを伝えた。


 俺より少し前を歩いていた紅梨はゆっくりこちらを振り返る。


「うん。知ってたよ」


 知ってた、と言い強がる紅梨だが、その目には紅梨の視界を塞ぐには十分過ぎる量の涙が浮かんでいた。


 その姿を見て、決意を決めたはずの俺の胸は激しく痛んだ。


 紅梨をフォローしようと何とか喉の奥から言葉を探し出す。


「紅梨が俺の事を好きだと思ってくれてたのは素直に嬉しい。これからも紅梨がそう思ってた事を恥ずかしく無いような人間になるよ」


 何とか見つけ出した言葉は1つもフォローになっていない、黒歴史になるような恥ずかしい言葉だった。


「ふふっ。今更かっこつけても意味ないでしょ。ばーか」


 俺の言葉がアホらしすぎて少し元気が出た様子の紅梨。俺の黒歴史になるであろうこの言葉で元気が出たなら安いもんだ。


 俺は紅梨の本気の告白を断った。責任はさらにのしかかり、ケジメを付けなければならなくなった。


「でもやっぱりスッキリした。肩の荷が降りたって感じがする。告白して良かった」

「確かにさっきよりスッキリした顔してる。俺も紅梨に背中を押してもらった気がするわ」

「白太が色々終わった後で私が告白したらタイミング最悪だっただろうし、今告白出来て本当に良かったよ」


 仮に今日俺が蒼乃と別れ、緑彩先輩と付き合った後で紅梨に告白されていたとしたら微妙な空気になっていただろう。


 紅梨は自分の気持ちにケリを付けるだけでなく、俺の事まで考えてわざわざ文化祭の朝に俺の家の前まで来て気持ちを伝えてくれたのか。


 なんでこんなに良い子が俺を好きになってくれたのか……。


「本当にありがとな。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそよろしくね。白太は今日緑彩に告白するつもりなんでしょ?」

「もう3回目だけどな」

「3回目の告白をする前に、もう一度自分の気持ちを整理した方がいいと思うよ。私にはそれが本心には見えないから」

「本心には見えない?」

「まぁよく考えなよ。それじゃあ私、ちょっとお手洗いに行ってから教室に向かうから。先に教室に行ってて」


 学校に到着すると意味深な言葉を残して小走りでお手洗いに向かった紅梨の背中を見ながら、我慢してたのかなぁ、なんて冗談を思い浮かべるが、そんな理由ではない事を重々承知している。


 紅梨にはまたいつか感謝と謝罪を込めて何かお礼がしたい。


 それにしても、紅梨が言っていた本心には見えないと言う言葉の本心は何なのだろうか。


 俺は緑彩先輩に告白する。それは間違いなくこれまで持ち続けてきた俺の気持ちで真っ直ぐな俺の気持ちだ。


 間違いなど万に一つもあるはずがない。


 学校は文化祭ムード一色であちこちが多種多様に装飾されている。


 カラフルな風船や折紙等を用いて作られたその雰囲気は気分を上げる物なのだろうが、俺の気分が上がる事は無かった。

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