第87話 反対、振った方も振られた方も

 教室に入るといつもの朝より賑やかな笑い声が聞こえて来る。


 クラスメイトのみんなが今日は文化祭だと浮き足立っているのが良く分かる。


「よっ」


 そんな中で玄人はいつもと変わらないテンションで話しかけてきた。


 文化祭でも気分が上がらない、冷めた人間は周囲から面白くないと冷やかされるかもしれないが、俺はその態度に妙な安心感を覚えた。


「よっ」

「大丈夫か?」


 朝の挨拶でもなく、部活の話でもなく、くだらない世間話でもない。


 そう声をかけてきた理由は分からないが、大丈夫か? と声をかけてきた。


 別に転んで怪我をしているわけでもなく外傷は無い。


「なんだよ。大丈夫か? って。今日が文化祭だって事以外は別にいつも通りだし、何も問題ないよ」

「そうか? 何も問題ないような顔には見えないけどな」


 俺はいつも通り冴えない顔をしているだけで、何か問題があったかのような表情は表に出していないつもりだ。


「その様子だとちゃんと振れたんだろ? 紅梨の事」

「な、なんでそれを⁉︎」

「紅梨から相談されてたんだよ。どうしようかって」


 確かに紅梨が俺のことについて相談するなら玄人しかいない。


 俺のことが好きな緑彩先輩に相談するわけにはいかないし、蒼乃と紫倉にはそこまで踏み入った話を相談できるほどの仲ではない。


 そうなると紅梨が玄人に相談するのは自然な流れだろう。


「なるほどな……。ちゃんと振ったよ。好きな人がいるって」

「そうか。白太にしては勇気を出したほうなんじゃ無いか?」

「そうだな。俺にしては頑張った方だと思う」


 何故だろう。玄人に紅梨を振ったことを話したら不思議と先程まで重く感じていた心が軽くなる。


「だから大丈夫か? って聞いたんだよ」

「大丈夫か? って聞くなら俺じゃなくて紅梨に聞いてやってくれ。俺は振られた方じゃ無いんだし、そこまで辛くは無い」

「本当か?」


 振った方は何も感じず、振られた方が辛いのは当たり前のことだろう。


 好きじゃない相手を振るよりも、好きだった相手に振られた方がよっぽど堪えるはず。


「本当だよ。大丈夫だ」

「俺もさ、昔に同じような経験をしたことがあるんだよ。仲が良かった女子に告白されて振った」

「そうなのか」

「だから白太の気持ちは分かる、と思う。紅梨にはもちろん後でフォローを入れるけどさ……。よく頑張ったな」

「……やめろよ」

「やめねぇ。白太は頑張った。だからさ、もう気を張らなくていいんじゃないか?」

「……やめてくれ」


 俺を慰める、いや、労う玄人の言葉がグッと心に刺さり、教室の隅の玄人の席で、顔を伏せ、グッと唇を噛みしめながら涙を流した。

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