第66話 発見、最後の行動

 山奥の大きな木の下で雨を避けながらちょこんと座っている蒼乃の姿を見て俺は大きく息を吐いた。


 怪我は無さそうだが、深く落ち込んでいる様子が見て取れる。


 まだ俺が来た事に気がついていない蒼乃は依然として鼻をすすり続けている。

 それは遭難してしまった事に対する感情とは別の感情から来るものだろう。

 顔は見えていないが蒼乃は泣いている。その理由は、俺が緑彩先輩に告白した場面を目撃してしまったからだと思われる。


 今、俺の前に神が現れてどんな願いでも叶えてあげると言われたら、その予想が正しくない事を願うだろう。


 俺は蒼乃を驚かせないように出来るだけ小さい声で蒼乃に話しかけた。


「……蒼乃?」


 俺が名前を呼ぶと蒼乃は鼻をすするのを即座に止め、雨の音だけが鳴り響く。


「……何しにきたんですか」


 この蒼乃の反応で全てを理解した。蒼乃は間違いなく俺の緑彩先輩に対する告白を目撃してしまったのだ。


 でなければ、夜の山奥で遭難した蒼乃が自分を探しにきた俺に対してそんな言葉を吐くはずがない。


「探しにきたんだよ。ほら、早くみんなのとこに帰るぞ」

「……嫌です。帰りたくありません」


 蒼乃は膝の間に顔を蹲たまま話をして、俺の方を見ようとしない。


 自分の好きな相手が自分とは別の女性に告白している場面を目にして気が落ち込み自暴自棄になるのも理解出来る。


「聞いたのか? 俺と緑彩先輩の会話」

「……聞いてません」

「聞いてたんだろ?」

「……聞きたくなかった。あんな話、聞きたくなかった‼︎」


 顔を蹲たまま大声で叫ぶ蒼乃の痛々しい姿を見て、罪悪感が俺の心を押し潰す。


 俺の心の中には緑彩先輩が残っていると理解し始めた頃から、いつかこうなる事を予想はしていた。


 だが、俺はそれを真剣に考えようとしなかった。


 蒼乃は俺が緑彩先輩に振られた後、いつもそばにいて俺に元気をくれたというのに、俺は自分が傷つく事を恐れて蒼乃を傷つけた最低な男だ。


「……ごめん」

「謝らないでください。白太先輩は悪く無いですし、こうなる事も承知の上で白太先輩と付き合ってたんですから……。自業自得です」


 俺は悲観的になっている蒼乃にどう声をかけて良いかわからず、ただその場で雨に打たれながら立ち尽くしている。


「謝る以外言葉が見つからないんだ。蒼乃は可愛いし俺のことを慕ってくれる妹みたいな後輩で、いつ好きになってもおかしく無いって思ってた。でも、心のどこかで緑彩先輩に対する思いが捨て切れなかったんだ」

「私は白太先輩に緑川先輩のことを忘れさせるって意気込んで白太先輩と付き合ったんです。その目標を達成できななったのは自分の責任です」

「初めて会ったとき、俺が蒼乃を受け入れずに断っていれば、ここまで蒼乃を傷つけることもなかった。だから俺のせいだ」


 俺は蒼乃を受け入れたとき、緑彩先輩に振られて自暴自棄になっていた。冷静に考えれば、いつかこうなる可能性があることは容易に想定できたはずだ。


 蒼乃を傷つけた責任は俺にある。


「白太先輩。私、白太先輩を諦めます」

「……うん」

「でも最後に、私が白太先輩を忘れるために協力してください」


 座り込んでいた蒼乃は突然立ち上がり、俺の方へと向かって来た。


 その表情は涙でぐちゃぐちゃで、鼻先はトナカイのように赤く目も真っ赤になってしまっている。その表情を見た俺は思わず顔を背けた。


 本当にごめん、蒼乃……。


「協力って何を……」

「――ごめんなさい」


 そう言うと蒼乃は顔を背けている俺の目の前にやってきて、前触れもなく俺と自分の唇を重ねた。

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