第54話 意識、急な気持ちの変化

 俺たちがビーチパラソルの下で小説を読み始めてから2時間が経過した。

 水着を着ているというのに海にも入らず、ただ淡々と小説を読み続けている。


 どうやらこの状況に痺れを切らしている者もいるらしく……。


「あぁ‼︎ もうそろそろ海に入りたい‼︎ 緑川先輩、これいつまで続くんですか⁉︎」

「こら、部長の指示なんだから。ダメだよ反抗しちゃ」

「そ、そうだけど……。紫音はこの状況嫌じゃないの?」

「……」

「ほら‼︎ 黙り込んだ‼︎ やっぱり嫌なんだ‼︎」


 蒼乃が痺れを切らすのも無理はない。そもそも緑彩先輩の言い分は、せっかく海が目の前にあるのだから、部屋の中で小説を読むのは勿体ない、と言うものだ。


 それなら、せっかく海が目の前にあるのだから、海に入らないのは勿体ない、という言い分も正論になる。


「……太陽が沈むまで、かしらね」


 この反応からして、緑彩先輩は完全に変なスイッチが入っている。


 部室にある大量の本を全て自費で購入するほど本を愛している緑彩先輩であれば、恐らく1週間は本を読み続けられるだろう。


 蒼乃や紫倉も入部して4ヶ月が経過し、読書に慣れて来たとはいえ1日中ビーチで本を読むことには耐えられないようだ。


 下手するとほんとに太陽が沈むまで本を読み続けることになりそうだな……。


「え、本当に太陽が沈むまでずっと本読むんですか⁉︎ねぇ白太先輩やばいですって〜何とか言って下さいよ〜」


 蒼乃は小さい手で俺の肩を押し、グラグラと揺らされる。

 日が沈むまで本を読み続ける事よりも、普段は素肌に触れる事の無い蒼乃の手が俺の素肌に触れている状況の方がやばい。


「ねえ白太先輩、海で遊びませんか?」


 そう言って横から俺を覗き込む蒼乃の顔を見て、俺の顔が紅潮していくのが分かった。


 あれ、何だろうこれ……。蒼乃ってこんなに可愛かったっけ?

 いや、可愛いって事は分かってたんだけど、なんか今日はやけに可愛く見えるな。


 さっき蒼乃にパーカーを羽織らせてやった俺の行動も意味不明だし、今日の俺はどうかしている。


 遂に暑さにやられてしまったか、、、。


「青木さんの言うことも一理ある。緑彩先輩、せっかく水着になってるんですし、海に入りませんか?」


 珍しく蒼乃の意見に賛同し、緑彩先輩を説得する紅梨。


 緑彩先輩と1番親しく話が出来るのは、同性で1年間部員として緑彩先輩と一緒に過ごした紅梨だからな。


 紅梨の説得は効果絶大だ。


「そうね……。せっかくだし、海に入って遊びましょうか」


 紅梨の説得で変なスイッチが切れた緑彩先輩は重たい腰を上げる。

 それから俺たちは浮き輪で海に浮かんだり、ビーチバレーをしたりと日が暮れるまで一通り海での遊びを楽しんだ。




「そろそろ部屋に戻りましょうか。夜ご飯も作らないといけないし」


 緑彩先輩の提案に、俺たちは「はーい」と声を合わせて返事をし部屋へと戻って来た。


「今日はカレーを作るんですよね‼︎ 白太先輩は辛口派ですか? 甘口派ですか?」

「……俺は甘口派だ」


 今朝玄人に変なことを言われたせいか、今日の俺はやたらと蒼乃を意識している。


 蒼乃を見るたび、いつもの10倍は蒼乃のことが可愛く見える。


「ええー、先輩お子ちゃまですね。私は中辛の方が好きです」

「甘口でも辛口でもない中途半端な中辛が1番お子ちゃまだ」

「ふふっ。わけわかんないです」


 俺が述べた訳のわからない理屈に笑みを見せる蒼乃の可愛さに悶絶しそうになりながら、平然を保つのに相当体力を消費していた。

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