第48話 閑話、偶然の目撃

「どうする? もう帰るか?」

「うーん、まだ一緒に居たいような気もするけど」


 こ、こいつは本当に……。


 恥ずかしげもなくこういうことを言えちゃうところも好きなんだけど。


 俺、黒瀬玄人は彼女である紫倉紫音とデートに来ていた。

 今日のデートの最後にやって来たのは駅の中にあるカフェ。談笑しながらコーヒを飲んでいる。


「お、俺も……」

「……俺も?」


 ニタァーっとしたり顔で俺を見つめる紫音。


 年下のくせに俺を敬う気持ちが微塵も無いな。別に上下関係とか全く気にしないけどさ。


 面倒見がいいお姉様タイプなのは知っていたが、年齢を知らない人が見れば俺が年下で紫音が年上に見えるだろう。


「まあとりあえず今日は帰ろうぜ。あんまり遅くなると親も心配するだろ。か弱い女の子なんだからさ」

「あ、ありがと……」


 沈みかけの夕陽に照らされる紫音の顔は赤く染められ、思わず見とれてしまう。

 綺麗すぎる紫音の顔を見た俺の顔は、紫音の顔を転写したかのように赤くなっていた。


「じゃ、行きますか」


 俺は大きく息を吐いて席を立つ。


「ん? ちょっと待って」


 紫音はパシッと音をたてながら歩き出した俺の手を急に掴み、俺は後ろに引っ張られる。


「ど、どうした?」

「あれ、見て」


 そう言われて紫音が小さく指差す方向を見ると、そこには緑彩先輩と2人で歩く白太の姿が。


「え、白太⁉︎ な、なんで緑彩先輩と⁉︎」

「私も分からない……」


 白太は蒼乃ちゃんと付き合っているはず。本来白太の横を歩いているのは緑彩先輩ではなく、蒼乃ちゃんでなければならない。


「ま、まあまた今度事情を聞こ……」

「スクープの臭いがする‼︎」


 ……は?


 待て、紫音ってそんなキャラだった? こんな紫音初めて見たけど。まあまだ付き合ってまもないから知らない部分があって当然なんだけどさ。


「追いかけましょう」

「え、それ本気?」

「当たり前でしょ‼︎ こんなに面白そうな展開、見逃すわけにはいかないわ」

「え、でも白太にも申し訳ないし……」

「ほら、急いで‼︎ 追いかけよ‼︎」

「マジスカーー」




 ◇◆◇◆◇




「ちょ、もうやめとかない? これ以上はまずいって」

「ここまで来たら最後まで見届けないと‼︎」


 俺たちはひたすら白太たちの後をつけ、遂には小高い丘の夜景が綺麗な頂上までやってきた。


 ここに来るまで、白太が緑彩先輩の手を掴んだり、緑彩先輩が白太の腕にしがみついたりと悶絶しそうな出来事が色々あった。


 なんかもう、これ以上はキスとかしちゃいそうだし……。


 いや、さすがの白太でも蒼乃ちゃんというものがありながら、他の女の子とキスをするなどと言うことはありえないはず。


 とにかく、2人のデートを盗み見していいものか……。罪悪感が俺の頭を支配する。


「なあ、もう帰ろうぜ……」

「いや、私にとって蒼乃は大事な親友なの。だから、蒼乃の彼氏がどんな人かを見極める必要がある」


 なるほどな。そう言われちゃ無理に帰らせるわけにもいかない。


 俺としては白太を信じ……。


「ーー俺、緑彩先輩が好きです」


 ……は?


 ちょ、白太、なに言っちゃってんの⁉︎


 俺と紫音は顔を見合わせた後でもう一度2人の様子を見つめる。


「ああもう、風でよく聞こえない……。聞こえたのは白石先輩が緑彩先輩に告白したって事だけね」

「そうだな。まさかこんな場面に遭遇するなんて……」


 俺と紫音は唖然としたまま、白太たちの状況を見守った。

 しばらく見つめていると、急に白太たちが動き出す。


「や、やばい。白太たちがこっちに来る‼︎ 逃げないと‼︎」

「え、ちょ、ちょっと焦りすぎだって、もっと落ち着いてって……キャ‼︎」


 焦って逃げようとした俺は紫音に衝突し、もみくちゃになり転んでしまった。


 俺は紫音の上に四つん這いになってのしかかる。


「ご、ごめん」

「べ、別にいけど……。とりあえずどいてくれない?」


 白太たちに気づかれないよう、ゆっくりと起き上がった俺たちはそそくさと忍足で逃げていった。




 そして帰りの電車の中。


「「……」」


 俺と紫音は言葉を無くし黙り込んでしまう。


「とりあえず、さっきのことは忘れて普通に生活しましょう。白石さんの本当の気持ちが今はよく分からないけど、蒼乃は幸せそうだし、この事実を蒼乃に伝えるのも野暮だわ」

「……そうだな。俺たちが気にしても仕方ねぇな」

「そうそう。それより、私たちも今度どこかに夜景みにいきましょ」

「お、そうだな。今度はゆっくり見たいもんだ」


 紫音との楽しいデートは驚きの連続だったが、今日の出来事は頭から消し去ることにした。

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