第43話 密着、気持ちの行き場
暗闇の中、街頭にほんのり照らされた緑彩先輩は俺の方へそっと、雪のように真っ白な手を差し出している。
「わ、分かりました」
俺はその場の流れに逆らえず、緑彩先輩の手を優しく握った。
その手は今まで握ったことのない不思議な感触。
それでも、一つだけ分かる事がある。俺がこの手を離したくないと思っている事だ。
お互い無言のまま、俺たちはひたすら足を動かす。
弱く優しい風が木々を揺らし、緑の匂いが鼻に入ってくる。その風と匂いが妙に心地よく、無言で歩いてるはずなのに俺の心は賑やかになった。
1人で歩いていたら恐怖を感じるような暗闇が、今は全く怖くない。
俺の心臓は恐怖から来るものでは無く、緊張や興奮といった感情に支配され、脈打つのが早くなっている。
「目を瞑っていると風に揺られる木々の音がよく聞こえるわ」
目を瞑るという行為は人間が最も多くの情報を取得している視覚が失われるということ。
逆に、音や匂いには敏感になる。
視覚を失い、聴覚が鋭くなっている緑彩先輩に俺の心臓の音が聞こえてしまわないか、それだけが心配だ。
「別に目を開けてても下向いてたりすればいいんじゃないですか? そしたら頂上に着くまで夜景は見えないですよ?」
「だ、ダメよ。それじゃあ面白くないじゃない」
何が面白くないのか、そう思いながらもその言葉を口にすることはしなかった。
緑彩先輩にはそう言ったものの、俺としても先輩が目を瞑っていて俺が先輩の手を握っているこの状況は好ましいものだ。
なんとか会話を続けることで手を握る時間を延ばす。
「……寒いですね」
「確かに、夜はまだ冷えるわね。でも、白太くんに握ってもらっている手だけは暖かいわ」
緑彩先輩の手を握っている俺の右手は異常に熱い。
緊張しているせいで身体中から汗が吹き出るほど俺の手は熱を持っている。
ただ、緑彩先輩の手を握っていない左手は手汗で湿り、そこに夜風が当たって冷えきっている。
「僕も暖かいです」
「手を握ってもらっているだけだとなんだかそこに白太くんがいるのか不安になってくるわね」
「なに言ってるんですか。ちゃんと会話もしてますし、僕はここにいますよ」
「それでもずっと目を瞑っていると不安になるのよ。そうね……」
そして緑彩先輩はもう片方の手を顎に当て、何か考えるような仕草を見せる。
なにを考えているかはわからないが、どんな仕草も、いつまででも見ていたいと思ってしまう、そんな妖艶さがある。
そう思っていると、緑彩先輩が急にもう片方の手で俺の腕を探り、俺の腕にしがみつく形になってきた。
「ちょ、せ、先輩⁉︎ なにやってるんですか⁉︎」
「こうした方が暖かいし、そこに白太くんがいるって分かって安心できるの」
いや、仮に安心できるからと言って付き合ってもいない、ましてや一度振られた相手にしがみつかれ、あたかも恋人かの様に振る舞われても困るよ?
1人で歩いていたら長いはずの坂道も、緑彩先輩と2人で戯れながら歩くと時間は一瞬に過ぎるもので、俺たちは夜景の見える頂上に到着した。
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