第42話 暗闇、足元さえ見えないほど

 電車に乗り込んでから緑彩先輩は真っ直ぐに外の景色を眺めている。

 その横顔は俺から見ると少し笑んでいるようにも見えた。


 空は光を失い、電車の中から見える景色は街灯や建物の明かりのみ。

 そんな景色には目もくれず、電車の中で明るく照らされる緑彩先輩にのみレンズは焦点を合わせている。


 ずっと緑彩先輩を見つめていると、俺が緑彩先輩しか見えていない事に気付かれてしまう。

 変に思われる前に何か行動を起こさなければとこちらから話しかけることにした。


「今からどこに行くか聞いてもいいですか?」

「ええ。ずっと見てみたいなーって思ってた夜景が有名なところがあるの」


 夜景か……。煌びやかに輝く夜景を見に行くというのは男女のデートなら最高のプランかもしれない。

 しかし、俺は振られた相手と夜景を見なければならないのだ。気の持ちようが分からない。


 普通のデートであれば、手を繋ごうか、いや、やめておこうか、と悩むのも楽しいはず。だが、俺にはそれが出来ない。

 一瞬の気の迷いで緑彩先輩に告白してしまった昔の自分が憎らしい。


 そして、電車は目的の駅に到着。改札を超えて駅の外に出た。


 駅からしばらく歩くとすぐに夜景の見えるスポットが見えてきた。


「あら、意外と人は少ないのね」

「本当ですね。もっと賑わってるのかと思ってました」


 緑彩先輩が来てみたかった夜景の見える場所は小高い丘の上にある。丘の下には公園があり、その公園を歩いて緩やかな坂道を進むと夜景が見えてくるらしい。


 俺と緑彩先輩は夜景が見えるスポットを目指し公園の中を歩き始めた。


「結構暗くて足元が見づらいわね」


 この公園には街灯が少なく、目を凝らしていないと俺たちが歩いている道の様子が分かりづらい。


 足元が見づらいと歩きづらいな。


「そうですね。気をつけて歩きましょう」

「……」


 気をつけて歩こうと言った矢先、なぜかまた緑彩先輩が無言になり歩みを止める。


「……先輩?」

「……はい」


 緑彩先輩は、はい、と言って俺の方に自分の左手を差し出した。


「……はい?」


 え、これは……掴めってことか⁉︎ 俺に緑彩先輩の手を握れと⁉︎


 いや、早まるな俺。手を差し出したのには別の意味があるのかもしれない。

 飴ちゃんが欲しいとか、スマホのライトを付けて渡して欲しいとか。


「折角なら最後まで登ってから、目の前には綺麗な夜景が‼︎ って状況が良いじゃない?」

「まぁ確かにそうですね」

「そうでしょ? じゃあ私は頂上まで目を瞑っているわ」

「……はい?」

「だから……」

「だから?」

「引っ張っていって欲しいのだけど」


 俺の思考回路は完全に停止した。

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