25
「……ごめん。よく聞こえなかった。もう一度、言ってくれる?」
「わたしと、別れてください」
全く同じ調子で、高科さんは繰り返した。
ぼくは混乱する。
「どうして……? 誰か、別に好きな人ができたの……?」
「そういうわけじゃない」
「だったら……ぼくが、嫌いになったの?」
「ううん……あ、いや、そうね、嫌いになったのかな」
「なんだよそれ……全然分からないよ。本当にぼくのことが嫌いなの?」
「うん」ためらいなく、彼女はうなずく。
「そんな……ぼくの、何が悪かったの? ぼくのどこが嫌いなの……? もし直せるものなら、直すから……別れるなんて……言わないでよ……」
「……」
高科さんは、無表情で黙ったままだった。
「教えてよ、高科さん……ぼくの、何がダメだったんだよ……」
いつの間にか、ぼくの目に涙が浮かんでいた。
「……とにかく、嫌いになったの。ごめんね、翔太君。今までありがとう。それじゃね」
そう言って、彼女はくるりと後ろを向き、パタパタと駆けていく。
「高科さん……」
追いかける気力もなかった。
完全に、ぼくは打ちのめされていた。
いったい、何が起こったんだろう……ぼくの何が、悪かったんだろう……
いくら考えても、わからない。だけど、一つだけ、はっきりしていることがある。
ぼくは、彼女に振られたんだ……
雨がポツポツとぼくの体に当たり始めた。でもぼくは、体育館に入ろうとしなかった。
このまま濡れていれば、泣いていても誰にも分からないから……
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次の日、見事に風邪を引いたぼくは家で寝込んでいた。そりゃそうだよな。11月も下旬だっていうのに、雨に濡れ続けていたんだから……
でも、今日が土曜日で助かった。明日も一日寝ていれば、多分月曜には学校に行けるくらいにはなるだろう。
だけど……
学校に行けば、高科さんに会うことになる。気が重かった。
いったい、何が悪かったんだろう。
全然分からない。こうして目を閉じても、楽しそうな笑顔の彼女しか思い浮かばない。ぼくがいつ、彼女を悲しませたり、辛い思いをさせたりしたんだろう。
しかも、付き合い始めて1ヶ月も経ってないのに……まだ、デートを二回しただけだ。いや、正確に言えば付き合い始めてからは、たった一回だ。
……。
やっぱり、誰か別に好きな人ができたのかな。そうだよな……ぼくなんか、ちょっと電子工作や文章書くのが得意なだけの、オタクっぽい男子だもんな。全然女子にモテるタイプじゃない。あんな綺麗な子に一瞬でも、好き、なんて言われて、キスなんかもできただけでも奇跡みたいなものだ。
---
ぼくと高科さんが別れた、という噂は、あっという間にクラスに広まっていた。高科さんがフリーになった、ということで、早速動き始めた男子がいた。大樹だった。
二次元にしか興味がなかったはずなのに、アイツは「良く見たら高科さんって、○○というアニメの××っていうキャラに似てる」などと言い出した。それで、何度か高科さんに声をかけているのだが、今のところ全く相手にされていない。だけど、アイツはイケメンだから、なんどかアタックしている内に、ひょっとしたら彼女もその気になってしまうかもしれない。
そう考えると、胸をかきむしりたくなるような思いにかられる。だけど……だからと言ってぼくには何もできない。ぼくはもう、高科さんの彼氏でも何でもないんだから。
休み時間。隆司が心配そうな顔で、ぼくのところにやってきた。今は誰も座っていない、ぼくの前の席の椅子に、ぼくと向かい合わせに座る。
「お前……どうしたんだよ。あんなに彼女のこと、好きだったじゃねえか……」
「ぼくは……正直、今でも好きだよ。だけど……彼女には、嫌われちゃったみたいだ……」
「なんでだよ? お前……まさか、いきなり押し倒したとか、トンデモないことしたんじゃねえだろうな?」
「そんなことするわけないよ。デートなんか、まだ1回しかしてないのに……」
正確に言えば、キスも1回している。あれは……無理矢理だったかなあ……?
いや、そんなことなかった。むしろ、彼女の方から、誘うように目を閉じてきたじゃないか。そして、息が続かなくなるまで、ずっと口づけをし続けてた。嫌だったら、すぐに離れる……はずだよな……
「わかったよ。それじゃ、俺から高科に聞いてみる」
こいつの行動力には、ほんとに頭が下がる……が、たぶん、こいつでも無理だろうな……
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放課後。
「……ダメだ。何も話してくれない」
隆司は悲しげに首を振った。
「俺が聞いても、ただ、『嫌いになったから』の一点張り。何が嫌いなのか聞いても、全然教えてくれない。ただ、お前が何かしたってわけではない、ってのは分かった」
「そうか……」
やっぱりな。
「高科って、女子でも仲いいヤツ、いなさそうだからなぁ……そいつを通じて聞く、ってのも、できなさそうだよな……」
「もういいよ、隆司。ぼくは、あきらめたから」
ぼくはかぶりを振ってみせる。
「翔太……ごめんな」
すまなそうに、隆司が頭を下げる。
「いいよ。こっちこそ、色々ありがとう。じゃあな」
ぼくは無理矢理笑顔を作って言うと、彼に背を向ける。
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帰り道。校門を出た、その時だった。
「翔太君」
女子の声に、ぼくは思わず振り返る。高科さん?
……違った。瀬川さんだった。
「瀬川さん……」
「一緒に帰らない?」
「え、ぼくと?」
「うん。ちょっと、君と話したいことがあるから」
「あ、ああ。いいよ」
「良かった」
瀬川さんはニッコリと笑った。あれ……この子、こんなにかわいかったっけ……
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「聞いたよ。瑞貴と……別れちゃったんだってね」
まじめな顔で、瀬川さんが言う。ぼくはうなずく。
「うん……」
「翔太君が振ったの? それとも振られたの?」
「振られた」ぼくは即答する。「理由は分からない。ただ、嫌いになったから……って言われただけ。何が嫌われたのかも分からない」
「そうなの」
そう言ったきり、瀬川さんは押し黙る。
そう言えば、ぼく……この子には昔、一度告白めいたこと言われたんだったっけ……
"私はさ、翔太君の事……いつも見てたから……"
今でもその気持ち、変わってないのかな……だとしたら、ぼくが付き合ってほしいって言ったら、付き合って……くれるのかな……
いやいや。
ぼくは思い直す。それはあまりにも
高科さんのことを好きでいても、もう報われることはなさそうだ。だとしたら、やっぱり、ぼくのことを好きでいてくれる女の子と、付き合った方が……いいのかな……
「ね、翔太君」
彼女の声が、ぼくの思考を中断させる。
「え?」
「今でも、瑞貴のこと……好きなの?」
「たぶんね」ぼくは小さくうなずく。「でも、好きでいても、その思いが叶うことはもう……ないんだろうな、って思うと……心が折れる、っていうか……」
「そっか。ってことは、私にとっては絶好のチャンスだね」
「え?」
「君を口説くための、さ」
「……」
ぼくは目をパチクリさせる。なんて言うか……瀬川さんって、こんな、肉食系のキャラだったんだ……
「なあんてね」瀬川さんが肩をすくめる。「ふふっ、ウソウソ。冗談よ。私にはそんなこと出来ない。だって、私は瑞貴を……裏切ることは出来ないから」
「ええっ? どういうこと?」
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