20
結局先生のCDラジカセは、先生が「もう要らないから捨てる」というので、「いや、直せるものなら直しますから」とぼくが言って、それをとりあえず預かることになった。
クラスはようやく解散となり、ぼくが演劇大会の余韻をかみしめながら、先生のラジカセを右手にぶら下げて、一人校門を出ようとしたところだった。
「翔太君」
いきなり、後ろから呼び止められた。
「……え?」
振り向くと、そこにいたのは……高科さんだった。
「高科さん……!」
そう言えば……忘れてた……
この文化祭が終わったら、ぼく、彼女に……告白するんだった……
「一緒に帰ろ」そう言って、高科さんが笑いかける。
そうだ……ここんとこお互いに忙しくて、彼女と一緒に帰ってなかったっけ……ていうか、いつの間に、二人で帰るのがデフォになったんだ……?
「う、うん」
もう日は落ちかけている。そうだな。今日は高科さんの家まで、彼女を送っていくことにしよう。
ぼくらは夕焼け空の下を並んで歩いた。どこか遠くでカラスが鳴いている。ぼくの目の前で街灯のスイッチが入った。秋の日はつるべ落とし、なんてフレーズがぼくの頭をよぎる。
「高科さん、お父さんとお母さんと帰らなくて良かったの?」
ぼくはそれが少し気になっていた。演劇大会の時、彼女の両親の姿が客席に見えたのだ。文化祭の日は家族と一緒に帰る生徒も多かった。
「うん。二人はうちのクラスの演劇が終わったら帰っちゃった。お母さんが家でごちそうを用意しなきゃならないから、って。翔太君の家族は……来なかったの?」
「うん……なんか、知り合いの人が亡くなったらしくて、父さんも母さんもお葬式に行かなきゃならなかったんだって……」
「そっか……残念だったね」
……。
気まずい沈黙。それを無理矢理振り払うように、ぼくは明るい口調で言う。
「でもさ、演劇大会、2位になって、よかったよね」
「そうだね」彼女がポツリと返して、続ける。「でも、先生も言ってたけど、やっぱりそれは翔太君のおかげだと思うよ」
「そう……なのかな?」
「そうだよ。さっき翔太君、すごくかっこよかったよ」
「え?」
「ほら、先生が褒めてくれてさ、翔太君、ボロボロ泣いて……かっこよかった」
「え、ええー?」
ぼくとしては、あれはどちらかというと黒歴史だった。情けないところを高科さんに見られてしまった、と思ってた。でも……あんな、ボロ泣きしてたぼくが、かっこいいの?
うーん。やっぱ高科さんって、よくわかんないな。
……いや、ちょっと待て。
ぼく、今、彼女に「かっこいい」って言われた?
ぼくの頬が、激しく火照る。
女の子にかっこいいなんて言われたの、初めてかもしれない……
あわてたぼくは、とりあえず話を逸らすことにする。
「だ、だけど、今日は高科さんだって、すごくかっこよかったよ。なんて言うか、クラシックと言うよりは、ジャズっぽい弾き方だったよね。こんな弾き方もできるんだ、って思って、すごくびっくりした」
「お世辞言っても何も出ないよ」高科さんは素っ気ない。
「いや、お世辞じゃないってば」
ようやくいつもの会話の流れに戻る。何も変わらない、ぼくらの関係。だけど……
これからぼくは、それを変えようとしている。
そう考えると、なんだか緊張してきた。
告白って、どのタイミングでしたらいいんだろう。
うーん。やっぱり……勇気が出ないよ……
でも、そうこうしている内に、高科さんの家に着いてしまった。
「それじゃね」
彼女が手を振って、背を向ける。
ええい、勇気を出せ! 翔太! お前は今、彼女に「かっこいい」って言われたんだぞ! 絶対に大丈夫だ!
必死に自分に言い聞かせたぼくの口から、とうとう声がほとばしる。
「……待って!」
「……え?」高科さんが振り返る。
「高科さん……」
「はい……」
ぼくの異様な雰囲気に、彼女も何か察したようだ。真剣な顔で、ぼくを見上げている。
もう、どうにでもなれ!
「好きです。ぼ、ぼくと……付き合って下さい。お願いします!」
そう言って、ぼくは直角に体を折り曲げ、彼女に向かって頭を下げる。
「……」
続く沈黙が痛い。腰もだんだん辛くなってきた。こ、これは……ダメ、ってことか……?
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