21
「え、ええと……」
高科さんの、困ったような声。思わずぼくは折り曲げていた上半身を跳ね上げる。
彼女の顔には、困惑の表情があからさまに浮かんでいた。
やっぱ、ダメだったか……失敗した……
ぼくが唇を噛んだ、その時だった。
「わたしたち、って、付き合ってるんじゃ、なかったっけ?」
……へ?
「ほら、こんなふうに送ってくれたり、コンサートにも一緒に行ったり……だからわたし、もう、てっきり翔太君と付き合ってるものだと……思ってた……でも……そうだね。よく考えたら、告白って、してなかったね」
そう言うと高科さんは、やわらかい笑顔を浮かべて、言った。
「わたしも翔太君が好きです。こんなわたしで良かったら、お付き合いして下さい。よろしくお願いします」
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家に帰ってからも、ぼくはしばらく夢見心地だった。
告白、OKされちゃったよ……ってことは、ぼくに、いわゆる「彼女」ってものができた、ってことだよね……とうとう、人生初の……
うわ。ヤバい。嬉しすぎる……
ものすごく疲れてるはずなのに、なんか、今日はもう眠れない気がする……
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次の日。
父さんに相談したところ、RX-DT701 ならつい最近 500 円でジャンク品が売られていた、という。父さんは毎週のように中古屋を回っているのだ。もう二十年以上続けているらしい。彼をそうさせる情熱は、いったいどこから来るのか。未だに謎だ。
RX-DT701の時代のラジカセは、いわゆるバブルラジカセ、通称バブカセというヤツで品質がとてもいいらしく、特にパナソニックのものは、高音用と低音用にそれぞれ専用のアンプを用意したバイアンプ4ドライブという、めちゃくちゃ贅沢な構成で音質がいいので、父さんも注目していた、とのこと。だから、ジャンク品でニコイチにして直したら? と言われてしまった。
例の3組の中島にメールをしたところ、そのラジカセはぜひ自分に買わせてくれ、と言ってきた、そこで彼に店の情報を伝えたところ、なんとその日のうちに彼はそれを買ってぼくの家に持ってきた。
「一応電源は入るけど、アンテナが折れてて左側のカセットとCDがダメ、基本ラジオしか使えないみたいだけど……それでも大丈夫?」
中島が心配そうな顔で言う。
「うん。外見は汚いけどヒビが入ったりはしてないし、綺麗に磨けば使えるよ。それだけでも十分さ。ありがとう」
ぼくがそう言うと、彼もニッコリと笑顔を返した。
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早速ぼくは500円ラジカセを見てみた。外見はさすがにかなり汚れている。でも、十分拭き取れそうなレベルだ。電源は、確かに普通に入る。
……あれ、CDダメっていうけど、普通にトレイが出てくる。再生できるのかな、と思ってベニーズのCDを入れて試してみたら、普通に音が出た……
なんだよ、動くじゃないか。何がダメなんだ?
と思ったのだが、CDのOpen/Closeボタンを押した瞬間、分かった。
トレイが出てこない……
うそ……ぼくの大事なCD、飲み込まれちゃったよ……
自分でも一気に血の気が引いたのが分かる。確かにこれは重大な不具合だ。どうしよう……とりあえず、ネットで情報を集めることにするか……
検索してみると、同じ症状の人がいた。なるほど、ドライブの中でCDを上から押さえている部分のスポンジが変質してベタベタして、CDが貼りついてしまうらしい。何度かOpen/Closeボタンを押せば出てくるとのこと。良かった。しかも、それなら簡単に直せそう。
とりあえず、まずはCDを救出。そしてぼくはすぐにラジカセを分解して、問題のベタベタしている古いスポンジを、自分で新しいスポンジを切って作ったものと貼り替える。これでCDはちゃんと排出されるようになった。さらに、左側のカセットも、ネットによると検出スイッチの接触不良が定番の故障らしく、その接点を磨いたら、なんと動くようになった!
これでよし。意外に楽勝だった。ぼくはラジカセを元通りに組み立てると、折れたロッドアンテナを先生のラジカセのものに交換して、汚れを綺麗に拭き取る。修理完了!
さっそく中田先生に電話で連絡すると、ついでの用事があるから車でぼくの家まで取りに来てくれる、とのことだった。
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「え、嘘……カセットも直っちゃったの! あれはもとから壊れてたのに……」
目を丸くして、中田先生が言う。
家の玄関。ぼくはラジカセを先生に見せた。
「ええ。と言っても、これはもともと先生の持ってたものじゃないんですけど、全く同じ製品ですから」
「え、わざわざ買ってきたの?」
「ええ。正確に言えば、ぼくじゃなくて3組の中島君が、ですけど……」
「そんな……そこまで気を使わなくてもいいのに。もういい加減古いヤツだったんだからさ……」
「でも……思い出の品、なんですよね……?」
「……」先生は、困ったような微笑みを浮かべる。
「私の父がね、生まれたばかりの私に音楽を聴かせるために、買ったんだって。だから、私と同じ
ああ。やっぱり、そんな気がしてた。そんな大事なものを、壊してしまったんだ……
あ、でも、そうなると、代わりのものを用意するより、やっぱり先生のラジカセをちゃんと直した方が、よかったのかな……
ぼくがそう言うと、先生は優しく微笑みながら首を横に振る。
「ううん。いいよ。これ、新たな思い出の品にするから。今回の演劇大会の……ね」
だけど先生はそこで、何か気づいたように顔を上げる。
「あ、でも、結構高かったんじゃないの? いくらだった? 私、お金出すよ?」
「500円です。レシートもあります」ぼくは中島からもらったレシートを、ポケットから取り出す。
「あ、そう……」先生は拍子抜けしたようだった。
「だから、これはぼくと中島君のお詫びの気持ちとして、お受け取りください」
ぼくは先生にラジカセを差し出して、頭を下げた。
「わかったわ。二人の気持として、このラジカセ、ありがたく受け取るわね。翔太君、本当にありがとう」
先生はそう言って、朗らかに笑った。
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