19
「ふう……」
客席に戻ったぼくは、大きくため息をついた。
ぼくらの舞台は、無事に終わった。
特にこれと言った大きなトラブルは、何もなかった。途中、緊張してど忘れしたのか、「キャシー」役の瀬川さんのセリフが一瞬出てこない、という状況になったが、何と彼女はそれをアドリブで切り抜けたのだ。しかも本筋からは全く外れることのないアドリブだった。
もちろん高科さんのピアノも、最初から最後まで安定感ある演奏だった。ヴォーカル陣の歌唱力も相まって、歌のシーンが終わるたびに拍手が起きたくらいだった。
そして幕が下りると、体育館は大きな拍手と歓声に包まれた。カーテンコールでそれはさらに高まった。壇上に立ったキャストたちは嬉しそうだった。ぼくももちろん嬉しかった。
その後はぼくらも客席で他のクラスの舞台をずっと見ていたのだが、正直言って、ぼくらのクラス以上の舞台はほとんどない、と言ってもよかった。
ただ、3年1組の「ああ無情」は、ホントにすごかった。キャストの演技力がハンパない。上演中、会場からすすり泣く声が聞こえたくらいだ。これはちょっと……負けたかもしれない。
とうとう全てのクラスの舞台が終わった。審査は投票形式で、集計に時間がかかるため、その間にPTA有志によるマジックショーが行われた。アマチュアなんだけどかなりハイレベルで、テーブルが宙に浮いたりして、みんな度肝を抜かれていた。
そして、ようやく表彰式。総合1位はやっぱり、3年1組。だけど、ぼくらのクラスが……なんと、総合2位だったのだ! 学年ではもちろん1位! やった!
委員長の隆司が意気揚々と壇上に上がり、校長先生から賞状を受け取る。そして……
なんと、中田先生が、顔を両手で押さえて泣いていた……
先生が泣いたのを見たのは、初めてだった……つられて女子生徒もみな泣いていた。瀬川さんも、岡田さんも……ただ、高科さんだけはいつものように、ツンとすましていた……ように見えて、実は目が少し潤んでいた。
教室に戻っても、女子たちはまだ泣いていた。もらい泣きしている男子もいるくらいだった。実はぼくも、ちょっとウルっと来ていたのだ。だけど……
ぼくは先生のCDラジカセを壊して、危うくみんなのこれまでの努力を台無しにしてしまうところだったのだ。そう考えると、ぼくにはみんなと一緒になって泣く資格なんか、ない。
「みんな、本当によく頑張ってくれました」真っ赤な目をした中田先生が、教壇で言う。「総合2位になれたのも、クラスの一人一人が全力を尽くしてくれた結果だと思います。メインキャストの大樹君、瀬川さん、岡田さん……脇役のみんなも……本当に素晴らしい演技だった。高科さんのピアノも、本当に綺麗だった。大道具、小道具、照明、音響、効果……みんな、本当に素晴らしかった。そして、そのみんなをまとめてくれた、委員長の細野君……ほんと、頑張ってくれたと思います。でもね」
そこで先生は、ぼくに視線を移す。
「一番の功労者は、私は翔太君だと思います。そもそも彼の脚本がなかったら、この舞台そのものがなかったわけだし……彼はここで高科さんも含めた練習ができるように、壊れたキーボードを修理してくれました。そして……今日も彼は、ラジカセが壊れて大ピンチだったところを、見事に切り抜けました」
「で、でも!」
ぼくは思わず立ち上がる。
「ラジカセを壊したのは……そもそも、ぼくのせいだし……ぼくは……瀬川さんにもきついこと、言っちゃったし……」
「私は全然気にしてないよ」瀬川さんだった。「それどころか……感謝してる。あの時、君とちゃんと話できてなかったら……私、今日みたいなアドリブはできなかった。君の言ったとおり、私、『キャシー』になりきってたから……だから、本番でも、あんなアドリブのセリフが自然に出てきたのよ」
「瀬川さん……」
それっきり、ぼくは何も言えなくなる。何か、胸に熱いものが込み上げてくるようだ。
「そうだよ」隆司だった。「今日だってさ、確かに……ラジカセを壊したのはお前のミスだったかもしれないけど、あれはお前だけが悪いんじゃない。3組の中島だって悪いと思う。それに、お前はそれを補って、余りある成果を出したじゃないか。お前の作ったスピーカー、すごくいい音だったぞ」
「隆司……」
ぼくの視界が、にじみ始めた。まずい。このままでは……泣いてしまう……
「二人の言うとおりだと思うわ」中田先生が、何度もうなずきながら言う。「翔太君、本当にありがとう」
先生が、ニッコリと笑った。
隆司が拍手を始めると、それが一瞬にして教室全体に伝わる。
もう限界だった。
「ううっ……うぐぅっ……」
こらえきれない嗚咽を漏らしながら、ぼくは涙をボロボロとこぼし、拍手を続けるみんなに向かって頭を下げた。
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