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 "4時、ミスドで"


 いきなり高科さんからそう連絡が来たときには、さすがにぼくも驚きを隠すことができなかった。ていうか、高科さんもミスドに来たりするんだ……なんか、ものすごいお嬢様、ってイメージだったんだけど。


 その日は放課後になるのがものすごく待ち遠しかった。そして、とうとうその時間がやってきた。いつもなら部活(電子工作部)で技術室に行くのだが、もちろんその日はちょこっと顔を出して、部長の長谷川さんに「演劇の打ち合わせがあるので……」と伝えてすぐに学校を飛び出した。二学期の中間試験が終わったばかりのこの時期、この学校では演劇は部活よりも優先度が高いのだ。


 待ち合わせの五分前に、駅前のミスドに到着。


 ……げ。


 高科さん、もう来てたよ……


 めざとくぼくを見つけ、立ち上がって手を振っている。だけど、相変わらず無表情で。


 手早く注文と会計を済ませ、カフェオレとオールドファッションを受け取り、ぼくは高科さんのテーブルに向かう。彼女の目の前には、黒い液体に氷が浮かんだグラスがあった。アイスコーヒー……? しかも、ミルクとか入れないんだ……


「ごめん。待った?」

 

 なんかちょっとカップルぽいセリフだな、などと思いながら、ぼくは彼女の向かいの席に腰を下ろす。


「別に。わたしも今来たところだから」


 うーん。ますますカップルっぽい……けど、なんだろう。無表情で淡々と言われると、なんだかあんまり嬉しくない……


「早速だけどさ、シナリオの事なんだけど」


「翔太君、『雨に唄えば』、家で見られる? DVDとか持ってる?」


 いきなり下の名前で呼ばれてしまった……けど、実は、ぼくはクラスの先生や生徒全員から下の名前で呼ばれている。上の名前が「坂本」なんて良くある名字だったりするもので、ぼくのクラスにはもう一人「坂本 大樹だいき」という男子生徒がいるのだ。


「いや、DVDとかはないけど……ネットの動画で見られるかな?」


「え、家でネットが見られるんだ……わたしは見られないよ……」


「そうなんだ」


 やっぱ、お嬢様っぽい。


「でも……やっぱり二人で一緒に見ながらいろいろ話し合った方がいいよね。翔太君、これから時間ある?」


「うん」


「そしたら、わたしの家に来ない? わたしの家で、一緒に映画見ながら話し合おうよ」


 え、ええー!?


 いきなり彼女のおうちにお呼ばれされてしまった。


「い、いいの? いきなり家に行っても」


「いいよ。わたし、今日はひょっとしたらそういうことになるかもしれない、って予めお母さんに言っておいたから」


「……」


 いきなりお母さんに紹介されちゃうの?


 いやいや、待て。落ち着け。別に彼氏として紹介される、ってわけじゃないんだから……


 それに、彼女の家にもぼくはとても興味がある。こんなチャンス、めったにないよね。


「わ、わかったよ。高科さんがいいんだったら、ぼくもいいよ」


「じゃ、決まりね」


 彼女は無表情にうなずいた。


---


 高科さんの家は、駅からほど近い八階建てのマンションの最上階だった。学校からも歩いて一〇分くらい。やっぱり高級マンションなのかな。玄関の自動ドアは、暗証番号を入力しないと開かない。彼女の後について、ぼくも中に入る。

 エレベーターで一気に八階へ。廊下に出る。この階には一室しかない。しかも、マンションの一室なのに、まるで一戸建てのように、二階、三階がある。彼女は部屋の玄関の前で、インターフォンのスイッチを押した。程なく、ガチャ、と鍵が外れたような音がする。


「ただいま」


 ドアを開けて、彼女が玄関に入っていく。


「おかえりなさい」


 そう言いながら、エプロン姿の女性が奥から出てきた。彼女のお母さんなんだろう。


「あら、やっぱりお友達、連れてきたのね。こんにちは」


 そう言って、彼女のお母さんが微笑む。彼女と違って、わりとかわいらしい感じの人だ。ぼくの母さんよりも若く見える。


「こんにちは。高科さんのクラスメートで、坂本翔太といいます」


 ぼくはきちんと挨拶する。


「まあ、これはご丁寧に」お母さんがニッコリする。「瑞貴が友達を連れてくるなんて、滅多にない事だから、どんな子かと思ったら……男の子だったのね。瑞貴もそういうお年頃なのね」


「そういうんじゃないから」高科さんはすっぱりと言い捨てる。「彼、演劇のシナリオ担当なの。で、打ち合わせでこれから『雨に唄えば』見るから、居間のテレビ、使うね」


「いいわよ。ごゆっくり」そう言って、ニコニコしたままお母さんは手を振って、また奥に向かって廊下を歩いて行く。


「こっちよ」


 ぼくを手招きして、高科さんは廊下の奥に向かう。左側に食堂のようなスペースが広がっていた。手前に台所があって、カウンター越しに料理を出せるようになっていた。お母さんはそこで料理を作っているようだ。タマネギが煮えたような、とても良いにおいがする。


 高科さんは右側の引き戸を開ける。そこは八畳くらいの和室だった。テーブルが真ん中にあって、奥に65インチくらいのテレビがある。その両脇には細長いトールボーイタイプのスピーカーが並んでいて、テレビの下にはAVアンプやBDレコーダーなどが収まっているラック、センタースピーカーやスーパーウーファーがあった。両脇や後ろの壁にも小さなスピーカーがかけられている。


 すごい……7.1チャンネルのホームシアターシステムじゃないか……


 高科さんは傍らのラックから、古ぼけたレーザーディスクのジャケットを取り出した。


「未だにLDなのよ。でも、お父さんとお母さんの思い出の品だから、捨てられないんだって。だけど画質も音も悪いんだよね。ブルーレイとか買えば良いのに」


 そう言いながら彼女は金色のレーザーディスクプレイヤーを操作する。ガコン、と大げさな音がして、CDのそれよりも一回り……いや二回りくらい大きいトレイが本体から、ぬぅっ、と出てきた。彼女はジャケットからビニールに包まれたディスクを取り出し、慣れた手つきでビニールを取り去ってディスクをトレイに乗せ、リモコンの再生ボタンを押す。トレイが本体に飲み込まれていき、程なくして再生が始まった。


 ……。


 レーザーディスクの映像って、初めて見るけど……思ったより悪くないんじゃない?


 そう言ってみたけど、高科さんは首を横に振る。


「ううん。違うよ。テレビが良いだけ。テレビが綺麗に修正してくれてるんだよ」


 ああ、なるほど。アップスケーリングってヤツだ。だけどウチのテレビにはそんな機能ないなあ……


 それにしても……高科さん、最初から最後までこの映画を見るつもりなのか……?


「それをしたいのは山々だけどね」彼女は肩をすくめる。「さすがにそんな時間はないよね。これ、全部見たら100分くらいになるから、早送りして、良さそうなところをピックアップしたら良いと思う。どこを切り取るかは基本的に翔太君に任せるけど、わたしもいろいろ助言はできると思うから」


「でもさ、高科さん、この映画に思い入れあるんだよね? だったら、ぼくがやるよりも自分でピックアップしたら?」


「それはダメ」ぴしゃりと高科さんが言う。「わたしがやったら、思い入れが強すぎて、多分良い結果にならないと思う。それよりも、翔太君のセンスでアレンジした方が面白くなるよ。だから、基本翔太君がピックアップすべきだと思う」


「……分かったよ」


 ぼくは画面に視線を戻す。それにしても……高科さん、家では意外に喋るんだな……


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