六花の命
音崎 琳
六花の命
この大陸でいちばん大きな宇宙港の到着ロビーは、下船客を待つひとたちで大賑わいだ。彼女が乗っている船はもう無事に着陸していて、少しずつ、ゲートから人が吐き出されてくる。再会を喜ぶ声が上がる。私もそろりと浮足立って、いや、彼女が出てくるまであと何分かかるか知れないのだからと、自分をなだめにかかった瞬間だった。
「セツカー!」
大声で名前を呼ばれる。カートで荷物を転がしながら、彼女が手を振っていた。
「うみ!」
私も名前を呼んで、彼女に駆け寄る。三度目の、四年ぶりの再会だった。
車に彼女を乗せて、私の家に帰宅する。うみは月に移住したとき、地球の家を処分してしまっている。だから、こちらに帰ってきたときは私の家に泊まるのが、毎度のことになっていた。
二人分のコーヒーを淹れて、一息つく。トランクとは別に持ち込んでいた、ホールケーキが入るくらいの軽い箱を、うみは私に差し出した。
「はい、いつもどおり、お土産」
お礼を言って受け取る。蓋を開けると、中に入っているのは淡い青の花束。
四年に一度、月でだけ咲く花だ。名を、ユキノハナという。
月の農場で生み出された、雪の結晶に似た六枚の花弁を持つ小さな花。種子や苗を地球に持ち帰っても、なぜかこの青い花は咲かない。色を失って、白い花になってしまう。
息を吸い込むと、しんと冷たい香りがした。
私の表情を見て、うみが優しくほほえむ。そんなにこの花が好きなら月に住めばいいとは、彼女は言わない。私が二度と月には帰らないことを、よく知っているから。
月で生まれた私と、地球で生まれたうみが知り合ったのは、私が地球に渡って、地球の高校に通うことになったからだ。もう二十年近いつきあいなのに、実際に一緒にいた時期は半分以下になる。
メッセージや通話でのやりとりはしているから、積もる話があるわけじゃない。私がユキノハナを花瓶に生けているさまを、うみは黙ってコーヒーを飲みながら眺めていた。
花を居間のテーブルに飾って、うみの隣に座る。
私たちは静かに、ただお互いの隣にいる。
うみの休暇はあっという間に終わってしまい、月に戻る日になった。来たときよりも箱一つ分少ない荷物を抱えて、うみはさびしそうに、でも元気に笑った。
「じゃあ、また四年後に、ユキノハナが咲いたら会いに来るね」
「うん、待ってる」
月には帰らないと決めている私と、月での生き方を見つけてしまったうみは、同じ星で生きていけない。だから、ユキノハナが咲いたとき、彼女は私に会いに来る。
放送が、搭乗客を急かす。うみは踵を返し、ゲートに向かってカートを転がしはじめる。会わない間に伸びた髪が、背中で揺れている。
四年という時間は、決して短いものではない。この四年を三度くりかえす間に、変わってしまったものがたくさんある。それでもまだ、ユキノハナを持って、彼女は私に会いに来てくれる。私もまだ彼女を待っている。今はまだ、次の四年後を待っている。
ううん、きっと、その次も。そのまた次も。
六花の命 音崎 琳 @otosakilin
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