四年に一度、あの橋を渡りて

吾妻燕

四年に一度、あの橋を渡りて

 とある島の中心に、湖に囲まれた城が建っていた。

 その城に行くには特別な橋を渡らねばならなかった。橋を使わず、船などで渡ろうものなら、摩訶不思議かつ非科学的な力で湖底に沈められてしまうのだった。


 噂では、城の中には金銀財宝だけでなく、この世の人間とは思えぬほど美しい姫君が眠っているらしい。

 凡ゆる思惑を抱いた老若男女が、その橋を渡ろうとした。が、橋はいつでも渡れるものではなかった。


 なんと、四年に一度しか現れない橋だったのである。


 どういう原理かとんと分からない。

 普段は湖の底に沈んでいる橋が、四年に一度のある日だけ、奇妙な力に押し上げられる様に出現するのだ。誰もが橋を渡ろうと研究し、綿密な作戦を企て、そして決行した。

 が、橋を渡りきり、金銀財宝と姫君を手に入れて戻って来た者は一人も居ない。


「ねえ、お父さん。なんで勇者様は誰も帰ってこないの?」


 島以外の世界を知らない少女は、自身の父親に問いかける。

 勇者様とは、橋を渡って城に辿り着こうとする人間を示す言葉である。

 父親は竹串に刺した鶏肉を炭火で焼きながら「何でだろうなあ」と首を捻った。


 島民は橋が現れる日を『特別な日』と定め、勇者と勇者の家族、その他関係者を歓迎しようと沢山の露店を出してもてなした。露店は食べ物屋に限らず。アクセサリーや玩具屋、ヨーヨー釣りや金魚すくい、くじ引きに射的など。多種多様な店が並んでいる。どこかの店では酒の提供もされていた。

 少女の父親が営む焼き鳥屋にも、太陽が頭上に昇りついた頃合いから顔を真っ赤に染めた男が幾人か来た。彼らは少女にも父親にも嫌な絡み方をせず、気前よく串焼きを買っていってくれた。それどころか少女に対し「店の手伝いして偉いなあ」とチップを渡してくれた。幸運にも良い人たちばかりだった。

「勇者様がずっと帰って来なかったら、私たち、どうなっちゃうのかしら」

「……どういう意味だ?」

 父親が訝しげな様子で少女に問うた。少女は困った風に眉尻を下げる。

「だって、城に行った人が一人も帰って来ないなんて、何だか気味が悪いわ。もしかしたら呪われてるとか、姫君が鬼となって喰ってるなんて噂が新たにたって人が居なくなっちゃうかも」

 島民が露店を出すのは、城へ向かう勇者様達を歓迎し、鼓舞する意味がある。そして四年に一度の祭典。特別な収入でもあった。

 もしも『曰く付きの場所』なんてされてしまった日には、四年に一度の賑わいも潤いも失われてしまうかもしれない。そう考えると、少女のは肚の底に奇妙な寒々しさを感じた。

「なあに、心配するこたァねえさ」

 父親は嘲笑うかの如く鼻を鳴らした。手の甲までうっすらと毛の生えた分厚い掌で、少女の尻を軽く叩く。

「そうならねえ様に、偉え奴らが上手いことやってんだ。俺らは勇者サマと御付きの方々に尻尾振って、気持ちよく金を落として貰うだけよ」

「……お城には、今も姫君が眠ってるのかな?」

「……止めとけ、そんなん考えても虚しいだけだ」


 周囲の喧騒と父親の溜め息を聞きながら、少女は遠くに見える城を眺めた。きっと今も、誰かが四年に一度の橋を渡って、攻略に挑んでいるに違いない。


 果たして今年こそ、誰かが戻ってくるのだろうか。財宝と姫君を抱えて。


(了)

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四年に一度、あの橋を渡りて 吾妻燕 @azumakoyomi

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