閉匣
「彼は死後の肉体と魂を悪魔に捧げる契約を行い、栄華を極めた。欲望の限りを尽くした彼は、悪魔によって五体を四散させられて死んだ。……また、随分な脚色だ!」
ぱたりと本を閉じ、痩せぎすの紳士は背負っている匣を下ろした。豪奢な意匠には金や宝石が施され、栄華を象徴している。
「悪魔は今もここに入っているし、契約した者は数百年後も生き続けているというのに……」
彼こそはヨハン・ゲオルク・ファウスト。或る戯曲のモデルとなった錬金術師であり、メフィストフェレスと契約を結んで生き続けている不老不死者である。
「人間ひとりの魂よりも、数百人の魂を捧げる方が合理的だ。君はそれに納得して、契約を続けてくれている。魔煙などという便利な
ファウストの指の上で、小さな蜘蛛はかさかさと動いた。彼はそれに頷き、笑う。
「なぜあの少年を逃したか? 簡単なことだよ。あれは所詮些事だからだ。今日の仕事は〈金喰い〉で充分だったし、児童労働者による家族を求める希求など、明日にでも他の子どもが願うだろう。それだけ歪んでるんだよ、この国は」
蜘蛛は小さな爪脚を上げ、威嚇のポーズを取る。ファウストは困り顔を作った。
「あの殺人事件だって唯一無二じゃない。数日後か、数年後か、数十年後にでも、もっと大きい事件が起こりそうなものだ。そういう
魔煙の匣 狐 @fox_0829
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