第4話
4.
見上げれば首が痛くなるほど高いオフィスビルやマンションがちらほらと見えてくる。交差点では車が己の主張を張りあって信号の元で止まったり進んだりして、排気ガスを辺りに撒き散らしている。その周囲をマスクの代わりにイヤホンをつけた人々が下を向いて歩いていく。その多くは駅の構内へ吸い込まれていく結末だ。朝なのに、灰色で塗り固められた街だ、と私は思う。
駅のいくつか手前の停留所でバスを降り、校門の方へと歩いていると近くにいた女子の二人組が私に気づいた。
「あ、神田川さん久し振り」
「最後の日だもんねー」
私が会釈を返すと、彼女たちは何事もなかったかのように私から離れて門へと歩いた。私は愛されたさを嘔吐しそうになるのを必死に抑え、帰りたくなる疼きを無視して学校へと向かう。夏休み前の最後の登校日なので、私は成績を取りにどうしても休むわけにはいかなかった。
校舎を取り囲んで張り巡らされたソメイヨシノの葉は濃い緑を晴天にかざし、蝉の声が学校中に響き渡っていた。終業式までのホームルームの時間、私は汚れとともに記憶の染みついたであろう、そしてその味を終ぞ知ることはなかった、きちんと配列された机や椅子や、掃除当番表や時間割の張られたボードを眺め、アサゲのことを思い出していた。彼も今頃は学校にいるのだろう。先生が何かについて弁じているのを、彼も頬杖をつきながら、訳も分からず、退屈そうに見つめているのだろうか。そうして時々嘘のように張りつめた緊張を抱えて、彼女の方に目線を配するのだろうか。
私が湖のところにひとりで佇んでいると、時たまにアサゲが現れた。彼はランドセルを四阿の丸机に放って、私の近くで石ころを蹴ったり、草をむしって湖に投げたり、誰にともなくひとりごとを呟いたりしていた。友達がいないんだろうな、と思ったけど嫌悪の情はさほど湧かなかったので何も言わなかった。彼は長くなった陽の元で、木目の凹凸が目立つゴツゴツした丸机の上で宿題の国語ドリルを解いていたが、途中で飽きたのかこんなことを言った。彼は丸机の中心に突き出た支柱の傘と接する部分の蜘蛛の巣を見つめていたから、私に言ったのかは定かではない。本当は面と向かって言いたかったのかもしれない。もっとも、何かを訴えかけたり、すこしも臆せず誰かに助けを求めたりすることは、世間体から脱した隠者にしかなしえない難儀な行為のひとつである。
「ヒマワリちゃんの親を殺したかったんだ」とアサゲは言った。「それで毎日むずむずしてたんだ。そしたら様子に気づいたのか、うちの母さんがどうしたのって。僕、うまく言えなくて、他のことにたとえようとして、一生懸命頭を捻ってこう言ったんだ。『綺麗な花を踏みつけたいんだ』。そしたら母さんは『ダメよ、そんなの』と言って笑った。それでおしまいだった。母さんはそれ以上取り合ってはくれなかった。だけど僕の気持ちはおさまるところを知らなかった。それどころか日増しに膨れ上がってきて、それでどうしようもなくなって、気がついたら母さんの大切にしてた花壇の土を踏み荒らしてたんだ」
私は名前も碌に覚えてないクラスメイトの後姿や横顔を盗み見た。私にアサゲの話は理解はできても、実感はできなかった。私にそんな複雑な感情を抱かせる他人は存在しなかった。単に殺したいことはいくらあっても。アサゲはヒマワリちゃんのことが好きで仕方がないみたいだ。私にもかつてそんな時期があっただろうか。蜃気楼のように、幻燈に照らされる劇のように、脳内に映るおぼろげなそれは実際に存在したのだろうか。私は大人しく見ていた。生徒たちが体育館に並ぶのを。校長先生の挨拶で貧血患者が出るのを。教室に戻って成績返還に一喜一憂し、騒ぐ彼らを。浮かれて夏休みの予定を話し合う彼らを、私はじっと見ていた。
しかし、放課後となり、クラスが解放される頃合いとなると、私の心も彼らと変わらず浮き立ってきた。学校に行かなくていい、というのは最高だ。「学校に行かなくてはならないが行かない」と、「学校に行かなくていいし行かない」との間には彼岸と此岸の断絶がある。昇降口に陽が射し込んで眩しかった。上履きを持ち帰ろうと、手提げ袋に詰めていると、私の靴が入ってた上の棚から靴を取りだした腕がクスクス笑い出した。
「キレイな靴はいいなあ、持って帰らなくていいんじゃね」男子の声だ。それに名前はない。私は硬直し、靴箱に向き合ったまま動かない。「あーでも、もう使わないかもしれないか」
ちょっとやめなよーと隣の女子が笑い、その集団は固まった私を置いて、靴を銘々持ち帰って、外へと出て行った。それらが去ったのを横目で確認し、私は昇降口へと無言で赴く。硝子の嵌め込まれた引き戸の横のゴミ箱に上履きを袋ごとダストシュートしたくなるのを、背負いこんで誰にも見せず、私は犯罪者のようにこそこそと校舎を後にした。
平日の昼過ぎだったのでバスは案外空いていた。それに駅の向こう側は開発が進められていて、新興住宅地帯があったり団地がつくられていたりするので、電車で通学する人も少なくないうちの高校の生徒の多くは、私の使うバスには乗らないのだ。私はシートに座って、バスが発車すると流れゆく灰色の街並みを見ていた。車窓の景色は私を取り囲んではいたが、直接的に攻撃してくることはないので私は安堵した。しかしそれは数分のことに過ぎなかった。
「神田川さん、学校にもう来ないの?」
後ろから声がした。驚いて首を曲げると、まだ新しい制服に身を包んだ女子がひとり座っていた。どうやらクラスメイトのようだった。痩せて顎が尖ってトンボみたいな眼鏡をかけていた。彼女の台詞は丹念に磨かれた刃物のように鋭く、耳に響いた。
「あ、あの……」私が真意をつかみ損ねていると、彼女はつまらなそうに呟いた。
「小鳥が葉を啄むとするでしょう。もしその獲物となった葉っぱをつけるのが大切にしてた観葉植物だとして、それを押し入れに隠してしまったら、小鳥はそのあとどうすると思う?」
私が言葉を選んで結果何も言えずに目をぱちくりさせていると、その子は笑った。
「違う葉っぱが啄まれるのよ」
その冷たい笑みには、向けられたものにぞっとしない印象を抱かせた。それは普段教室から無視される私にとっては特別な意味を有するべき出来事だった。好意的にしろその反対にしろ、まともに私に向き合ってくれる者は希少なのだ。しかしその彼女も私にとっては名もない仮面のひとりに過ぎず、車窓を流れる建物の影のように過ぎ去って思い出せない景色の一片となり変わり、私の網膜にその色彩を刻みつけるには至らなかった。なぜなら、夏休みを終えた頃、その子はある事情から遠方の土地へ転校してしまったからだ。
後ろの席の彼女が降りて、家に辿り着いて、ソファに身を埋めてるに至るまで、私はかつて持ち合わせていた感受といったものを思い出していた。今じゃ体育はまったく見学しているが、小学生の頃は確かにみんなに混ざって参加していた。特に私は持久走など耐久力を測る競技が好きだった。鮮明なのはシャトルランだ。体育館の磨かれた床を、壁から壁へと走り続ける。時間が経つごとにみんな疲れてきて、足取りが覚束なくなり、常に顔貌の表層を支配している悪意とか計画とか取り繕われた清浄さなんかが削ぎ落ちていって、誰もが人間になっていく。そういった過程が私は好きだった。
心から涙を流すような切なさが抽入された太古の記憶に浸る安寧を破ったのは、電話の呼び出し音だった。担任の男の先生が心配してかけてきたのだった。二学期はちゃんと学校に来た方がいいが無理はするな、ということだった。
「目が合わせられないんです」
「死ぬわけじゃない、それでもやっていける。もっと楽にやればいいんだ」
「目が合わせられないんです」
「大丈夫、人生とは長い線路なんだってことわざもあるしな」
「目が合わせられないんです」
「そうか」
***
水色くんの身長は私よりも十センチくらい高かった。夏休みに入ると、それまで以上に私は水色くんの家に入り浸った。なぜなら彼は四六時中クーラーを機動させていたからだ。夕立が降ると面倒だからと、いくつかの洗濯物が常にカーテンレールのハンガーにかけられていた。そのため彼の部屋はひどく乾燥していてドアを開けたときから自らの汗が空気中に吸い込まれていくのが分かった。彼も私も決まって五杯は麦茶を飲んだ。水色くんは丸い形をした一世代も二世代も古いCDラジカセをラックに置いて、ほとんどそこからはFMの有線が流れていたが、時折彼の趣味らしい洋楽のCDが回転し、音を放っていた。シンプルなUKロックみたいだったが、歌手の名は私の知らないものだった。海を思わせる開放的なメロディの中で、ギターが悲鳴を上げ、ベースのうねりが点の音を線に繋ぎ合わせ、ドラムが全体のバランスを調子づけ、海底を横切る何らかの意志が波濤のリズムをつくるように、それらは徐々に勢いを増して、サビに到っては頂点をなして最も力のある高波を次々と送り出し、それらの砕けた終盤になると、潮の上に残った余韻を味わえるように柔らかな静寂を織りなした。
「ねえ、なんて言ってるの?」
「自由ですよ!」水色くんは昂揚して叫んだ。「分かりませんか? この流動性、躍動感、本当の自由。それらはわれわれを内側から歓喜のエネルギーをもって、奮い立たせてくれます。現実はお前らが見てるほど暗くも明るくもないぞって教えてくれるんです」
私に英語は分かるはずもなく、それを楽しめる水色くんが些か羨ましくもあったけれど、重層的な音から構成されるメロディはそれだけで楽しく、分からなくとも感じられるよさもあるのかもしれないなと思った。
水色くんは自然を心の底から愛していた。二人で街路をそぞろ歩けば、生垣の椿やサツキやノウゼンカズラに足を止め、太陽に反射してきらめく水田の青い稲たちが一斉に風に身を揺らすのに、目を凝らして控えめに顔を綻ばせた。
八月に入った頃、アスファルトを陽炎が這いまわる日、彼の行き場を失った欲求が雷のごとくひらめいたことがあった。おそらくあまりの暑熱に脳のヒューズが耐えかねたのだろう。彼は結露した水滴が浮き上がるグラスを机にゴトンと置くと、いつになく力のこもった声を出した。
「禅修行に行きます!」
「えー」
「禅とは自然と一体化することを目指します。熱、太陽、水、それらは外にあるから暑い! 郷に入っては郷に従え。僕自身が熱となり、日々を生きればいいんです! 言葉は要りません、ミス神田川。言葉はいつだって心から遠く離れたところにあります」
「すでに暑いよー、知ってる? 今日39度だよ。学校休めるよ」
「君はいつだって休んでるじゃないですか」
私の真摯極まりない忠告を無視して水色くんは翌日湖に沿って歩いて、山に入った。そして登山道の中腹で出くわす川を辿って滝を見つけると、喜び勇んで滝壺に飛び込んで、服を脱ぎ捨て、そのまま夜が辺りに漂ってくるまで無心で水に打たれていた。滝を発見したときの興奮は世界で有数の珍しい蝶が目前に現れるようであり、とめどなく降り注ぐ白い飛沫に身躯を任せているときはまるで閃光が迸り、目まぐるしく快晴と豪雨が入れ替わる天空にいるようだと語った。それが本当なのかは分からない。あるいは修行からふらふらになって帰った彼が39度の熱を出して私が看病していた際に見た、一抹の夢だったのかもしれない。
夏の夕立は予想を超えて、突発的に街を襲った。三時を過ぎたくらいに途端に今まで蒼天だった空に黒い雲が立ち込めたかと思うと、勢いよく大粒の雨が地表を叩きだした。木々が風に押しやられて梢を鳴らし、猫は庇に逃げ込んで雷鳴に耳を澄ませ、部活帰りの制服姿の男女は天変地異によってもたらされた薄暗がりの非日常に高鳴りだした鼓動を、汗の臭いのするワイシャツの下に隠し通すのに苦戦した。
大概において、そういった突然の雨は夜になるとどっかに行ってしまって、そのあとには嘘のように晴れた星空が建物たちを上から見つめた。自然な物事は遍くそうであるかのように、激しさはいずれ消えることを、途絶えた中から激情は立ち現れることを、天候の急変は人々に諭して回るのである。私がアサゲの秘密を知った衝撃もそれにたがわずゆっくりと形を溶かしていった。
アサゲは毎度のごとくヒマワリちゃんの話をした。彼の言葉によって脳にひとりの女の子が構築されていった。黒目がちな瞳がくっきりとした二重瞼に押し込まれていて、背は低く、からだは小さく、ころころと転がるように路を駆け、その驚くべき声は聞く者の心情に懐かしさに似た愛着を呼び覚まし、世界がひらけるみたいな、地平が繋がっていることを認識させる、奇蹟に近い引力を具えている。ふんわりしたショートカットの髪は、教室の浮いた埃を寄せつけず、甘くなったらすぐにでも感情の機微につけこもうとする憂いは櫛で梳かされた髪のすべらかさの前では、流されるばかりでそこに潜り込むことはできない。
「多分、なんにでもなれると思うな、ヒマワリちゃんは。それでいて彼女は彼女のままなんだ。宝石みたいにいつも光りを吸収して輝いてるんだ。僕はヒマワリちゃんがいなかったら学校に行ってないんじゃないかな」
「いじめられてんの?」
「ううん、ヒマワリちゃんは誰をも愛してるんだ。あの笑顔はそういった類のものなんだよ。たとえばバッタみたいな」
「害虫ってこと?」
「違うよ、馬鹿だな。僕ってさ、しょっちゅう虫と遊んでるんだけどさ」
「よく知ってる」
「バッタって足をもいでも、喚いたり、抵抗したりしないんだ。ヒルやイカやナメクジなんかみたいに、取られた足が気味悪く動くこともない。すごいよね、敵すらも愛してるんだ。彼らは能天気な風にピョンピョン跳ねてるくせして、そういった谷底のように深い、天敵を前にしてすら自分の手足を差し出すような博愛を身につけているんだ。驚きだよ」
「その歪んだ愛が驚きだよ」
私がちょっと引いてることなんか一切気にせず、アサゲはヒマワリちゃんの姿を夢想した。私の中の、女の子の顔がバッタと入れ替わってしまい、私は首をブンブン振った。湖の上を山の向こうへと渡る飛行機が、犬のように低く唸っていた。
アサゲはヒマワリちゃんに心酔していた。あるとき彼はポケットにいっぱいの飴玉を詰めて、それを木の机に広げていた。到着した私に気づくと、彼はぶっきらぼうな視線を向けた。
「それあげるよ」
どうせ捨てるから、と彼は言った。赤や青や黄色、白色など様々な色に個別に包まれた飴玉がゴロゴロと机上に転がっている。全部で三十くらいあるだろうか。私はひとつ掴んでみたが、柔らかなあたたかみを感じてすぐにそれを離した。飴は既に灼熱の日光に溶けだしてグニャグニャになっていて、しかもよくよく見れば周りには幸運にも獲物を見つけ出した蟻たちを侍らせていた。最悪、と胸の内で呟いた。
「どうしたのこれ」私は半ば呆れて言った。
「スーパーからもらってきた」
彼はこともなげに言った。聞くところによると街にある大型量販店からごっそり盗んできたらしい。それもヒマワリちゃんのために。ヒマワリちゃんはカラフルな色が好きだろうから。けれど彼女は今、偶然にも家族とグアムに旅行に行っているみたいだった。そのことを彼女の隣人から聞いて、アサゲはかなりガッカリしているのだった。
「馬鹿じゃない。そんなつまらないことで捕まって、未来に傷がついたらどうするのよ」
私は信じられない面持ちで言った。正直なところ彼の行動は到底信じられるものではなかった。
「ヒマワリちゃんのためなら本望さ」
「でもその子はそんなこと気にも留めないでしょうよ」
「そんなこと……」彼の顔が曇った。「関係ないよ」
アサゲは飴玉のひとつを掴むと、湖面に向かって放り投げた。ぽちゃんと軽い音を立ててそれは沈んだ。私はアサゲの無知を思った。彼は何も知らないのだ。人間というものについてなにも。私はそれですこし傷ついた。
「彼女のためなら何だってやるの?」
「何だってやるよ、もちろん」アサゲは四阿の傘にぶら下がった蜘蛛の巣を眺めていた。空はどこまでも晴れていた。夕立は訪れる前に気配を見せない。「なにひとつできないのだとしたら、そんなの人生じゃない」
私は彼がヒマワリちゃんの親を殺したいと言っていたのを思い出して、首を振った。
「確かに、それもひとつの人生哲学ね」
「理念なんてどうでもいいんだ」
アサゲはまたひとつ飴を湖に投げ込んだ。「どうでもいいことばっかだよ。親も学校も、誰も大切なことを教えてくれない」
「そりゃそうだ」
「僕はもう腐った水になんて浸かりたくないんだ」
私は想像した。底なしのぬかるみに足をとられて沈んでいく視界の中で、唯一光明を差し伸べる、太陽の存在を。そして救われたさを阻む自己愛を振り切って、手を伸ばすことを決意した瞳の中の結晶を。
陽の光りはカラフルに包まれた中身の球体たちをべとべとした液体へと変容させていった。ここで、時間の流れに従順なのはそれだけのようだった。
私はふとした疑問を口にした。
「ヒマワリちゃんと一緒になってどうすんの?」
「街を出たいな。二人で手を取って、こんな街を抜け出してやるんだ。僕はひとりで随分考えたんだけど、それが一番いいなあ。それってどんなに素敵だろう。誰にも気を遣わないで、なににも脅かされないように、二人で野原を駆けて、花を摘んで、蜂みたいに踊るんだ。くるくるってね。それってどんな気分だろう、きっとそれって素晴らしいんじゃないかな。僕はそう思う」
「私も連れてって欲しいな」
「子分にしてあげるよ」
私はアサゲも刃物を手に取るときが来るのだろうかと思った。それは愛される者のために、瑞々しい果実を切り分けるのみに使われるのだろうか。しかし私はそれ以上何も言わず、アサゲの妄想に寄り添った。太陽に向けて波が揺れ、私たちは舟で漂うかのように思いに浸った。
夜になって家に帰って、電気を点けると私は彼の無鉄砲さについて考えを巡らせた。私は誰かのために犯罪者となる覚悟なんてできるのだろうか。湯船に浸かって、そんなことを考えていた。蒸し暑い夜だった。部屋に戻るとタオルをからだに巻きつけたまま、私は窓を開けて、空を見上げた。涼しい風が髪の隙間を駆け抜けていき、儚く光る星がいくつか天上に貼りつけられているのが見えた。強烈な夢のように気持ちを動かしてくるものが、運命を変える絵画のように行動を歪ませるものが、あるいは恋のように心を焦がせる魔法のざわめきが、この先私にも訪れるのだろうか。私を襲い、その渦に陶酔させてくれるだろうか。そんなことがあり得るのだろうか。これまでは多分出会っていない。それでもこれから変わるだろうか。刃物を使わずとも、私も未来を上手に切り取ることができるのだろうか。
のぼせた頭が段々と落ち着きを取り戻してくると、正面に星の静謐な光りよりも人工的な灯りが見えた。私と同じように窓枠に肘をつき、じっとこちらを窺っていた。水色のシャツが逆光でいつもより翳って見えた。にやにやしている彼と視線が交錯するか否や、私は叫んだ。
「消えろ!」
勢いよく窓を閉めると、瞬時に私はカーテンを引いた。
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