第23話 今と昔の自分
「んんっ……」
寝返りを一つ打ち、いつもより少し固いベッドの感覚を感じながら目を覚ます。
……昨日はいつの間にか寝ちゃったみたいだ。あまりいいアイデアは思いつかなかったな……しょうがない、なるようになるか。
「おはよう、いい天気だよ。ほら」
セシルさんは部屋のカーテンを開け、窓からの外の景色を見下ろしている。朝日を受けて輝くその姿は一瞬映画のワンシーンかと思うほど綺麗だ。相変わらず何しても絵になる人だな。
……でかでかとしたファンシーなクマさんTシャツを除けば。
「どう? 昨日はよく眠れた?」
「一応……」
「そう……昨日も言ったけど大丈夫だって」
その言葉に軽くうなずいた。まだ多少の不安があるが、もうここまできたら行くしかない。
何はともあれベッドから身体を起こし、顔を洗って、服を着替える。
何度か髪型は変え、今はたまたま七年前と同じ様な背中に少しかかるくらいのロングのストレート。色々いじれるし、割と気に入っている。
寝ぐせを直すのは普段向こうで使っているクシを持ってきたから、あっという間だ。
それのみならず、セシルさんは寿命がない人生の中できるだけ
それらのおかげか僕は女として生きることに対して、煩わしいと感じたことはない。
少しして鏡の中には、ぱっちりとした瞳、艶やか肌の少女。髪を触ればサラサラとした触り心地。
うん、今日も可愛い! こっちにいるなら身体年齢的には丁度女子高生ってとこかな。
「着替えたなら早速、朝ご飯に行こうか。ここの結構美味しいらしいね」
いつの間にやら準備万端のセシルさんが、早く行こうとばかりに僕を誘う。そんなに急がなくても……
でも確かに朝食はこうやってどこかへ泊まったときのイベントの一つと言えるものだ。ここの朝食はわりと評判だったので、僕自身も楽しみにしていた。
「うんうんっ、美味しいね!」
「美味しいですね~」
下の階のレストランに来た僕たちは、ずらりと並ぶビュッフェ形式のメニューを各々取り分けて食べ始めた。
評判なだけあって、その味はなかなかのものだ。ふんわりとしたオムレツも、野菜のソテーも文句なしに美味しい。
もちろん味も大切だけど料理の要素はそれだけではない、こうやって思い思いに好きなものを取って食べていくというのは、普段とは違ったワクワクがあっていいものだ。
しかし……
「……なんか多くないですか?」
「私こういうとこだと、いつも少し取りすぎちゃうんだよね。なんだか楽しくなっちゃって」
子供か、この人は。自分が食べる訳じゃないから、食べきれるなら別にいいんだけど……
「ごちそうさま」
「ごちそうさま、ふ~お腹いっぱい」
「あれだけの量があれば、そうでしょうね」
それから三十分ほどかけてゆっくりと食事を楽しんだ僕たちは、最後のコーヒーを飲みながら、食べ終えた皿を見る。
セシルさん朝からよく食べるなあ……でも僕も久しぶりの日本のご飯の味が嬉しくて、お代わりしたので結構お腹いっぱいだ。お米自体は向こうにもあるが、やっぱり少し味が違うからね。
発酵食品なんかも同様だ。僕たちも色々と工夫して近づけてはみたけど、今味わった醤油の味とはやはり違っていた。懐かしい味だったなあ。
「さて、この後どうする? このままレンちゃんの家に行くか、それともどこかで時間を潰す?」
「え~と……じゃあもう少し考えたいんで街を見て回りますか。あと行きたいところがあるんで、そこ先に行きましょう」
「昨日も思ってましたけど、黒髪も似合いますね」
「そう? レンちゃんも髪色変えても可愛いよ」
ホテルを出た僕たちは、ぶらぶらと散歩してから本屋などを訪れたあと、とある場所へ向かっている。
部屋を出たときから目立たないようお互いに髪と目の色を変えているが、これだけで結構印象は違うものだ。黒髪にしたセシルさんもなんか大人っぽく見える。
だけど、それにしてもこの世界への馴染みっぷりは凄いな。背が高めなことは少し目立つが、まあこれくらいならいくらでもいるレベルか。
「ところで、後どれくらいなの? その例の場所に」
「ん……もう少しですよ」
今二人で歩いている道、以前の僕はここを毎日歩いて高校へと通っていた道。
何度も何度も往復した、忘れもしない通学路。そしてこの先にあるものは……
「着きました……ここですよ」
「この信号のところが……」
あの後やっぱり補修されたのか、後ろの壁や信号機が比較的新しい。しかし大きくその風景は変わらない。
ここはかつての自分が人生を終えた場所……七年前の事故現場だ。
「ここに来たのはいいけど……大丈夫なの? トラウマとかになってない?」
「ん~懐かしい感じはしますけど、特に嫌な気持ちにはならないですね」
戻ってきたからにはここには一度来なければいけないと思っていたが、仮にも自分が死んだ場所なのに、ここまで落ち着いていられるとはな。
正直、実際に来たらもう少し動揺すると思っていたが……
「そう? それならいいけど……」
この身体になって新しい人生が始まってから、多くのことを学び、多くのことを経験した。
そして魔術というそのままの人生では決して出会うことのなかったであろう技術も身につけたし、今の自分が才能にあふれる人間だという自覚もある。
それに自分の身を守ることに関してはバッチリと教えてもらった。仮にあの時のようにトラックが突っ込んできたとしても、今ならばどうとでも対処できるだろう。
それだけのことができるようになった自分なら、こんな気持ちでいられるのも、至極当然なのかもしれない。
「この辺だったかな……」
「何してるの?」
「今は周りに誰もいませんよね」
信号から数メートル離れた場所、僕はそこに座り込んだ。絶対に間違いがないかはちょっと自信がないが、多分ここで合っているはずだ。
本当は寝転がってみたいけど、さすがにそれはやめておく。
目をつむり、手を触れて感じる。この固いアスファルトの感触……人生で最後に味わった感覚だ。今は昼間で温かいが、あのときは冷たい感触だった。
こうしているとあのときの瞬間を思い出す。嫌に思わないとはいえ、決していい思い出といえるものでもない。
だけど……なんだか不思議な感情が頭によぎる。
「これ、本人じゃなかったらだいぶ不謹慎だよね」
「ふふっ、違いませんね」
軽く笑いながら返事をして、わずかな砂を払いながら立ち上がった。そしてもう一度、周りを見渡す。
ここに来たことで、かつての自分と今の自分の違いを感じられた気がする。
死んだことがよかったとまでは言わない。でも偶然あの日、あの時、あの場にいたから、今の間違いなく幸福だといえる人生を歩む自分がいることもまた事実だ。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
「満足した?」
「はい、やっぱり来てよかったです」
────寂しいような、それでいて何か一回り成長したような感覚を覚え、僕たちはその場を後にした。
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