第22話 夜のくつろぎ

「確かここらだったな」


 少しだけ迷いつつも、その近くまでたどり着いた僕は、周囲を確認してから、建物の間の路地へと降り立った。

 あとはここから歩いて五分もない距離のホテルに向かうだけだが、その前にっと……


「こんな感じかな……」


 人々の歩く街道に出る前に魔術を用いて髪と瞳の色を変えた。杖と同様に服から取り出した手鏡に写る自分はもう見慣れた銀髪ではなく、艶のあるダークブラウンの髪に黒の瞳だ。

 実際に変わっているのではなく、これは見るものの認識をいじる幻術の類い。同様の方法で今まで屋上にいた間は、万が一にも見られて面倒ごとにならないよう不可視の状態にしていたし、ここに来るまでも僕とセシルさんは髪色と瞳の色を変えていた。


 幻術とはいえ電子機器をも騙せ、この世界で見破れる手段があるわけもないのでこれで問題ない。

 向こうではさして珍しくもない銀髪でも、こちらだとさすがに目立つからね。


 一応これでどこにいても不思議ではない、普通のかわいい女の子だ。少なくとも見た目だけは。


 しかしこう……夜にこの街を一人で出歩くなんて初めての経験かもな。この辺はさっき見渡したが、自分の足で歩き、自分の目で見るのではまた違った風景に見える。

 そしてこの硬いアスファルトを踏みしめる感覚……昨日までは全くなかったこの体験、それさえもなんだか懐かしい。


 ……だいぶ長く離れて忘れていたかとも思ったけど、故郷ってのはやっぱり特別なものなのかな。




 街中にそびえる一つのシティホテル。ここに僕らは二週間の滞在を予約してある。

 来る途中の予約だったが結構空いているらしく、普通に申し込むことはできた。


 格としては決して高級というほどではないが、外からは小綺麗なフロントや広々としたロビーが見え、清潔で上品な印象を与える。

 子どものころ、何故かここに憧れていたのを思い出す。今こうやって入ってみると、別に大したことはないが、この中は大人のための空間のような気がしていた。


「えっと……三階か」


 そんなホテルの独特の雰囲気を楽しみながらエレベーターで階を上がり、廊下を渡り、部屋のドアの前に立つ。

 ドアの奥からはかすかに聞き慣れた声が聞こえ、部屋の中の気配を感じさせた。そして持っている鍵を入れた後、僕はドアノブに手をかけて、少し重たい感触のドアをゆっくりと開けた。


「あはははは!」


 その瞬間、テレビの番組の音声とセシルさんの笑い声が聞こえた。ずいぶんと上機嫌だ……


「帰りましたよ」

「あっ、お帰り~夜の散歩は楽しかった?」


 もう必要ないので髪色を戻して部屋に入る。手を離すとオートロックのドアはガチャリと音を立て一人でにしまった。


「はい、夜風が気持ちよかったですよ」

「何十年か前、私がこの世界にいた頃は私もいろいろ回ったけど、ここはいいね。今なら女の子が夜出歩いても、そんなに心配ないみたいだし」

「そうですね~」


 部屋にいるのは、ここに来る途中に中古で買ったノートパソコンをいじりながら、テレビを見て楽しそうに笑う、二十歳程のTシャツ姿の女性。

 いったい誰が、この人がいくつのも世界を超えて、数百年の時を生きる魔女だと思うだろうか。正直この馴染みっぷりに僕も戸惑うくらいだ。


「言われたとおり、コンビニでお菓子適当に買ってきました」

「ご苦労様、早速食べよっか」

「でもちゃんとしたお店もまだやってましたけど、これでよかったんですか?」

「いいの、これが食べたかったんだから」


 持っていた袋の中身はコンビニのスイーツだ。夕食はすでに済ませたので、夜の散歩のついでにデザートとして買ってくるように頼まれていた。

 早速ティーバッグの紅茶を用意し、僕は昔から売っているロングセラー商品のケーキ、セシルさんは新発売の小さなパフェを食べてみた。


「ん~おいし~」

「うん……」


 このなめらかな舌触り、確かにうまい……ていうかこれ食べた事あったはずだが、こんなに美味しかったっけ? 久しぶりに食べたから?

 やはり、長年残る商品にはそれだけの理由があるってことかな。


「そっちも一口頂戴、あーん」

「はいどーぞ。じゃあそっちももらいますね」

「うん、こっちも美味しいね。コンビニのスイーツはすごいね~」


 ケーキを一口上げて、僕もセシルさんのを一口もらう。これも濃厚なチョコのクリームがいい味だ。こっちは初めて食べるものだが気に入った。また後で買って食べよう。

 あと今ようやくわかったが、わざわざコンビニスイーツなんて変化球を買ってこさせたのは、きっと普通の菓子屋のものでは自分達で普段作っているものに似通ってしまうからだろう。

 こちらでしか食べられないものといえば、確かにこういうものになるのも納得だ。

 

「それにしても久しぶりにこっちに来ると、全然違ってるもんだね」

「そうかな? そこまで変わんないと思いますけど」

「レンちゃんは久しぶりとはいえ、ずっとこっちで暮らしてたわけだからそう思うのは当然かもしれないけど、これくらいの期間でここまで文明全体が進歩するってのはあんまりないからね。レンちゃんから聞いてはいたけどインターネットとかすごく便利だし」


 そりゃあその辺は変わっているだろうね。きっと一番身近に感じられる変化だろう。

 そう考えてみると、この世界の技術の進歩というのは確かに早い。今まで人の歴史を考えてみればなおさらだ。


「以前ここにいたのも期間としてはほんの少しだったていうのもあるし、やっぱり……私にとっては何度訪れようと、刺激あふれる生活の待つ異世界だってのは変わらないよ。それに前は一人だったけど、二人ならなおさら楽しいもの」

「ふうん……」

「あと昔の方がよかった……な~んてことは言わないけど、ちょっと不便だったあの頃も少し懐かしくはなるかな。あまり便利すぎるのもつまらないかもってね」

「そんなこといって、セシルさんはあっちにいろいろ持ち込んでるじゃないですか」

「ふふっ、まあね。だって便利なんだもん」


 そんなことを話しながら食べ終わり、僕も久しぶりにテレビ番組やネットサーフィンを楽しむ。他の家電はともかく、これらは向こうにそれだけあっても仕方がない。

 こちらだからこそ楽しめるものだ。


 番組に出ているタレントたちの面々、ネットのコンテンツ、変わっているものもあれば変わらないものもある。

 これらで時間を潰すことは、無駄な時間を過ごしている気がしなくもないが、それはそれで悪くないものだと、そう感じる。



 やがて夜も更け、僕たちはお互いのベッドへと横たわった。


「…………」


 こうして見上げる天井は見慣れた家のものとは違う。ベッドや布団もそうだ。わずかに感じる違和感が自分の居場所を認識させる。


 明日……僕は両親に会いに行く。事故で何年も前に死んだ息子が少女の姿で来るなんて、果たして母さんや父さんはどんな反応をするだろうか。

 驚くのだろうか、嬉しがるのだろうか、そもそも……信じてくれるのか。


「眠れないなら買ってきた漫画とかあるけど読む?」

「いや、いいです……」

「やっぱり明日のことが心配なの?」

「はい……」


 隣のベッドからそう聞いてきた声は……僕を気遣うような静かな声だった。


「大丈夫だって、実際に親子なんだからすぐわかってもらえるよ。私だってついてるし」

「そう……ですよね」

「何なら明日行く前に電話でもしてみる?」

「それもありですけど……信じてもらえないでしょう。下手すりゃ詐欺だとでも思われるかも」

「だね。じゃあ、やっぱり直接か」


 そうだよね、大丈夫だよね。そう自分に言い聞かせると何だか安心してきた。でも一応、どんな感じで会うかは考えておいたほうがいいか。


 例えば、まず昔友人だった人間を装って、そこから打ち明けるとか、それとも家族しか知らないような話題から始めてみるとか…………どうしよう……かな……



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