第21話 都市を見渡して
「ふう……」
夜空を見上げながら深呼吸をする。季節は初夏、世界が変わり多少の地球の歴史と地形の違いはあれど、向こうでも緯度的には大体日本と同じなので、温度感はそれほど変化はない。
しかしやはり向こうの世界と比べると、空気が汚れているのがわかる。
こちらで生きていたときは感じなかったのに今はハッキリとわかるのは、感覚が鋭くなったのもあるが、向こうの空気が実に澄んでいたというのが一番の理由だろう。
だが別にそのことに対しては嫌な気持ちにはなったりはしない。それどころか、これが文明の匂いだといった感じに不思議と納得できる。
夜空に浮かぶ星も多少雲って見えるものの、どうということはない。満天に輝くそれは、どちらの世界でも変わることのない自然の美しさだ。
そしてそこに目を下ろすとあるものは、並んで動き続ける車のランプ、未だ働き続ける人がいることを表しているビルの光、さらには街のネオンやイルミネーション。
夜の街を彩るそれらは星空に似て全く非なるものだ。しかしその人工の美しさは自然のものにも劣らない、と僕は思う。
「ふふっ……ふふふ……」
なんとなく……笑みがこぼれてしまった。でもこんな風にビルから夜の風景を見下ろすなんて、昔からちょっと憧れていたところはある。正直言ってとてもいい気分だ。
きっと多くの人が、こういうことをしてみたいと一度はそう感じたことがあるのではないか。
だが……こうしていても、見える場所にはやはり限度がある。
視力強化を施せば、暗がりの中でもここから遥か遠くを歩く通行人の顔ですらしっかりと見ることができる。しかしそれでも、建物の影になっている場所なんかは死角になってしまって無理だ。
向こうでは高い建物がほとんど無かったからよかったが、こればっかりは仕方がない。
「よいしょっと……」
僕は空間の拡張をしてある服の中から、愛用の杖を取り出した。今の僕の服装はこちらに合わせてごく普通のカーディガンにジーンズといった感じ。
もし今の行動を知らない人が見れば、何もないところからこんな背丈の半分ほどの長さのもの物を出すなんて手品の様にしか見えていないだろう。
「…………」
その杖の先を身体の正面に向けて少し集中する。その先に淡い白い光が上がり、その粒子はみるみるうちにある形を成していく。数秒後、光は白い鳩の形となった。
その鳩はよく目を凝らしてみれば、ぼんやり光って見えるものの、それ以外は普通とまったく変わりがない。しかし手で持ってみればふわふわと綿のように重さを感じさせない。
これは魔力で作った即席の使い魔。とはいえ魂を持った生き物ではないが、本物と全く同じ動きで思うがままに動かすこと、そして何よりもその目を通じて物を見ることができる。
自分の周囲くらいだったり、また今回は家に置いてきた道具を使えばある程度の範囲に直接視線を飛ばす、いわゆる千里眼もできるけど、それなしでこの街のような広い範囲を見て回るにはこのような中継となるものが必要だ。
こういった魔術は広く見渡すのはもちろん、客観的に自分を見ることにも役立つ。第三者の目で見る自分は鏡で見るのとはまた違って、いいものだ。
現にさっきまでそうしてここに座る自分を眺めていたしね。
「ん~と……大丈夫か……よし、いってらっしゃい」
最後に完璧にできているか軽くチェックした後、それを夜の街へと飛び立たせた。
そして一度軽く目を閉じ、メインの視覚を鳩の方へと移す。元の身体の視覚も残してあり、同時に見いるわけだがもう慣れたので特に混乱したりはしない。
「ああ、あったなあ、こういうの」
そうして鳥の視点でゆっくりと夜の街を見渡していく。
「うわ……あいつの家じゃん、多分もういないんだろうなぁ……」
今まで見えなかった建物の影や人が過ごすその内部、街の裏路地、放課後に遊んだ公園、仲の良かった友人の家、さらには昔通っていた学校や通学路……なんだか少し涙ぐんでしまう。
「こっちは……やめとくか」
そのまま自分の家へと向かおうとしたが、一瞬考えそれから翼を翻した。どうせ明日自分の足で向かうのだ、今見に行く必要はないだろうと、そう考えたから。
「はあ……面白かった」
三十分程街を周り、僕は鳩を自分の元へ帰して視点を戻した。最後に杖でコツンと触ると、光となって消えていった。それを見届け、心のなかでご苦労様と言う。
こうやって見て回ってなんとなくわかった、この世界に生きる人たちは向こうの世界の人たちとは根本的に違うところがある。
なんだか……言い方は悪いかもしれないが、欲望というものをひしひしと感じる。以前セシルさんも言っていたが、魔力という便利な力があり、エネルギーの問題が少ないと文明はどうしても発達しにくいらしい。
ここの他にも魔術の存在しない、もしくはほぼない世界にも行ってきたがそれは例外がなかったということだ。
満ち足りないがゆえに、人はより良きを求め、文明は成長するということか。ハングリー精神って大切。
でもセシルさんはどんな世界にいたとしても、きっとこちら側だな。
「ん……もうこんな時間か」
腕に付けた時計を見ると、思ったより時間が過ぎていた。少し急いで戻らないと、セシルさんもきっと待っているだろう。
僕は立ち上がり傍らに置いてあったビニール袋を持ち、杖を懐にしまった。
そしてここに来た時と同じく、今いるビルより1~2階分低い隣のビルの方へ歩いていき……まるで跨ぐにはやや大きい水たまりを飛び越えるかのように、少しだけ助走を付けてピョンと跳び上がった。
「よっ……とっとっ……」
足元に魔力を瞬間的に溜めて足場を傷つけないように、音を出さないように調整しながら放出し推進力とする。
同時に自分の周囲の空気もいじって進む方向への空気抵抗をなくしつつも、丁度下から支えるような感じに、さらには着地も自らに一切の衝撃が無いよう、そして足音を立てないように滞空中に溜めた魔力を上手い具合にクッションとする。
どんな世界でも物理的な法則は変わらない。地球からの重力を制するには未だ至っていない現状、飛ぶという動作は魔術を用いてもなかなか難しいものだ。
それにどうしてもスピードがいるから日常で急ぐことが少ない僕たちのあんまり性に合ってないし、みんなが地に足付けているなかこっそりとはいえ空飛ぶのもなんだし、やっぱり馬で移動するの楽しいしで……ともかく飛行に関する魔術はまだ効率的といえるものはない。
それならば短距離の移動ではこうしたやり方の方が使う魔力もはるかに少なくて済むが、こちらはこちらでただジャンプして着地するという動作にもそれなりに複雑で繊細な魔力の操作が要る。
だけど……僕たちにとってはそんな問題は何てことない。元から足場だらけの街中では実に有用な移動法だ。距離が足りなければ空中で跳ねることだってできるし。
そしてそのままピョンピョンと音もなく建物の屋上を跳び移り、途中の通りも難なく跳び越えて、目的の場所……僕たちの泊まるホテルへと向かっていった。
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